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10.戸惑いと、ときめきと(麻衣子)

 玄関をくぐると、手を洗うより前に麻衣子は自室に飛び込んだ。

「な……生ものって、なによ」

 部屋の中央に据えたテーブルに麻衣子はもらった紙袋をこわごわと置いた。

 スポーツバックは入り口付近に投げ出して、思わずテーブル前で正座。両手を膝の前で軽く握り合わせて、なめるように観察する。

 白いとはいえ丈夫そうな袋で、観察しても中身が透けることがない。

 緊張のあまり鼓動が高鳴る。息切れを起こしそうだった。

 紙袋に手を伸ばし、勇気が出ずに引っ込め――それを数度繰り返して、結局手にかける気にはなれなかった。

 嘆息と共に諦めて立ち上がり、洗面台で手を洗い、リビングに顔を出す。

「ぷはーっ」

 冷蔵庫から取り出した麦茶をグラスに一杯飲み干すと人心地がつけた。よしっと気合いを入れて部屋に戻ると、再びテーブル前で正座する。

「いくわよ……」

 これまでにないことに期待と不安で胸をいっぱいにしながら、麻衣子はようやく袋に手をかけた。

 綺麗にはがせると思ったわけではないけれど、慎重に慎重にガムテープをはがしていく。

 少し開けるとオレンジとイエローが目に見えて、半分もいかないうちにその正体を悟った。麻衣子は驚きで思わず一瞬手を止めて、それからもうかまわずに袋をふさぐガムテープを半分に割いた。

「――生」

 確かにそれは生もの、生花だ。ビタミンカラーでボリュームたっぷりのフラワーアレンジメント。

 真ん中に幼なじみの手らしき無粋な茶封筒がなければ、完璧な贈り物。

「いまいち締まらないヤツよねえ」

 口ではそう言いながら、麻衣子は頬が紅潮するのを隠せない。花を傷つけないように茶封筒をまず取り出して、紙袋からアレンジメントを取り出す。

 そして紙袋の代わりに花をテーブルの中央に据えた。

 花をもらうなんて――しかもこんなに大きな物をもらうなんて、生まれて初めての経験だった。

 含まれる意味に大きな期待はできなくても、そのことは純粋にうれしい。

 ためつすがめつ、じっくり観察してほうと息を吐く。

 こんな乙女趣味な代物を他の人に頼んで手に入れるなんて祐司はしないだろう。花なんて祐司のキャラじゃないし、知られるのは嫌なはず。

 だから知り合いに延々とからかわれるよりは自ら買いに行く方を選んだはずで、そう考えると麻衣子の口からは自然と笑い声が漏れた。

 本人は絶対怒るだろうから言えないけど。

「私を驚かせるためとはいえ、頑張ったのねえ」

 思うままに笑うと目尻に涙が浮かび、麻衣子はそれをぬぐって笑いを収めた。

「私が怒ってるのかって思ったって言ってたけど、怒りを静めるためにこんなに気合いを入れてくれたの?」

 自問すると、何となくうきうきした気分になってくるから不思議だ。その程度には気にされているっていうことだから。

 想像すまいと思っても、どうしたってその時の祐司の様子を考えてしまう。幼き日、母の日のカーネーションを一緒に買いに行った時だって、自分はそんなことに興味はありませんなんて顔をして麻衣子に自分の分を買わせたヤツだ。

 自分は関係ありませんよなんて顔をして、花には全く興味がない素振りで。成長した今だって中身はそれと大して変わっていないはずで、だとすれば興味がないってふりをしながら花を選んだのだろうか?

 考えれば考えるほど、申し訳ないけれど笑いがこみ上げる。

 ふわふわした心地で麻衣子は頭を振ると、現実に目を向けた。

 色気のない茶封筒は全てに水を差す。机の端に置いていたそれを持ち上げて、ひらひらと振ってみる。

 厚みのないそれは長四サイズ。中身が透けない濃いめの茶。封をしているセロハンテープも気合いが入らない斜め切り。

「どうせならこれもこだわってくれたら、もーちょっと、ね」

 期待が長続きしたのにという言葉を麻衣子はぐっと飲み込んで、ゆっくりとテープをはがした。

 封を開いて、指を差し込む。人差し指と中指とで中身を引き出すと、白い用紙が目についた。薄いレポート用紙。

 そのまま最後まで出すと、用紙の間に何か挟まっているのがわかった。三つ折りの用紙を開くと、まず見えたのが挟んであった券だ。

 麻衣子は思わずじっとそれに見入った。

 鷹城夢ランド――市内東部にある遊園地の優待券が一枚。

 レポート用紙を確認すると真ん中にででんと「遊園地の優待券があるから、ゴールデンウィーク一緒に行かないか?」という見慣れた幼なじみの字。

 麻衣子は二つを手にとって、それらをじっくり見比べてしまった。優待券は光沢のある紙で、もちろん本物。妙に角張ったレポート用紙の文字を書いた主も、間違いなく本物の祐司。

 ますます高鳴る鼓動を持て余して、麻衣子は力なく両手を落とした。

「――信じらんない」

 何よこの大盤振る舞いは。

 やがて次にわき上がったのは怒りにも似た衝動だった。

「信じらんないわ」

 ぎゅっと頬をつねったら痛くて、それでも信じられずに力を込める。あまりの痛さに手を外しても、じわりとした痛みが頬に残る。

 花と券と用紙。それらは間違いなく本物で、それなのに信じられない。

 誰よりも近かった幼なじみだったはずなのに、今はもう何もかもがわからない。

 遠ざかってしまってからもう一年近く。その間に起こってしまった変化はとてつもなく大きい。

 目撃してしまったホワイトデーの現場は義理だと一応断言してくれたし、一ヶ月も遅れたけどそれよりも大きなお返しをくれた。それだけでも充分うれしいのに、遊園地のおまけ付きだ。

「これって、デートってこと?」

 優待券を両手で掴んで電灯にかざしてみる。

 麻衣子が遊園地が嫌いじゃないことを、祐司はきちんと覚えていてくれたのだろう。優待券を手に入れて誘っていいと思う程度には大事に思ってくれてるんじゃないだろうか?

 膨らむ期待の裏側で、冷静に考えはじめる自分を麻衣子は感じた。

 期待しておめかしして出かけた先で、他の知り合いがいる可能性を検討しはじめる。実際、中学時代に友達と連れだって出かけたことのある場所だ。

 二人きりという選択肢を祐司は持っているだろうか?

「持ってないような気がするわ……」

 膨らんだ期待に針を刺して、麻衣子は自分をセーブした。大体が茶封筒にレポート用紙。期待するだけ無駄な予感。

 遊園地は好きだし、中学時代の友達に全く会いたくないというわけでもない。

「どうしよ」

 それでも、行くことにためらいを覚えて麻衣子は優待券を手に考え込んだ。「その後彼とはどうなの」なんて聞かれたら、動揺しない自信がない。

 隣同士に住んでいるのにすっかり遠ざかったなんて、本当のことでも口にしたくなかったから。

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