6話:店探し【後編】
あれから数分、ある程度会話が弾み始めた所でフェイト達は目的の場所に到達した。
「はい、此処が最初に紹介させて頂くお店です」
そう言ってペアが指し示した店は、一言で言うならば巨大だった。
4階建てのそのお店は何処ぞの大商会の店だと言われても過言ではない程豪華で広々としていた。
作られてからそんなに長い時間も経ってないのだろう。
殆ど新築と言っても過言ではない見た目をしている。
フェイトはこれはとてもじゃないが自分が分割もしくは貸家で借りれるレベルの代物ではないと判断する。
「ぺ、ペアさん?こ、このお店は一体?」
「はい、このお店はとある大貴族が商売に手を出そうと作り上げた建物だったんです。が、何故かその大貴族が此処を見に来た次の日に不慮の事故で死んでしまったんです。その結果、後始末に追われた大貴族の家はこの家を商人ギルドへ売却。商人ギルドはこの家を売家として扱う事になりました」
「そんな店を俺が買えるとは思えないんですけど、これ幾らぐらいなんですか?」
「えっと、月金貨4枚の30年払いです」
「それはつまり、全額で金貨1440枚の…………14億4000万セル!?払える訳無いじゃないですか!?」
フェイトは驚きの余り声を大にして叫ぶ。
ペアもそれがわかっていた様に首を振る。
「まぁ、そうですよね。此処を買う事が出来るゴールドランク、もしくは一部のシルバーランクの方々も縁起が悪いとかで買いませんし、ここは無しという事でいいですか?」
ペアの問いにフェイトは首を縦に何度も振る。
こんな店を満たせる程の商品も無ければ、月々のお金も払える気がしない。
そんなフェイトの様子にペアはわかりましたと一度頷き、この店の絵が書かれた紙を一番下にして次の紙を取り出す。
「では次の店ですが、ここから三軒先に見えるあのお店なんですがーー」
「ちょ、ちょっと待って下さいペアさん!一つ尋ねたいことがあるんですが!」
「ーーはい?一体なんですか?」
「えっと、候補って全部で幾つぐらいあるのか聞きたいんですが」
フェイトはちょっと不安になりながら聞く。
フェイトが見た所あの紙の量はとても10や20で済まない様に見える。
あれがもし全部候補の店の紙だとすると、最低でも30件は見て回る事になるだろう。
そんな事になったら今日1日は家探しで潰れるかもしれない。
「数ですか?ちょっと待ってください。…………えーと、全部で50件ですね」
「多い!ちょっと多くないですかペアさん!?」
フェイトは自身の想像をあっさり超える候補の数に口から悲鳴に似た声を出す。
それだけの数見て回れば、ほぼ間違いなく一日が潰れてしまう。 それどころか帰ってから商品を作る体力も残らないかもしれない。
背中に嫌な汗が流れるフェイトに、ペアさんが諭す様に言葉を掛けてくる。
「と、言われましても。やはり選択肢は多ければ多い程良いと思いますよ。それはつまり、それだけフェイトさんが選べる選択肢が増えるという事なんですから」
「うっ、それは、そうかもしれませんが」
「納得していただけた様で何よりです。それではさっさと次の店に行きましょうか。今日中にどの店にするか決めちゃいましょう」
そう言ってまたスタスタと歩き出すペアの後を慌ててついて行きながら、今日は絶対商品作りする体力は残らないな、とフェイトは確信した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「次が最後の一軒ですよ。後少しです、頑張りましょう」
「…………は、はい」
あれから7時間、フェイトは本当に全ての家を見て回り、ペアと二人で自分の商品と雰囲気が合ってるか、商品を置くのに適している構造をしているか、などを確かめ続けた。
その結果10歳児にも劣る体力しかないフェイトはもうギブアップ寸前だった。
足が棒になった様に感じ、体が重くて仕方ないとフェイトは思った。
例えばただ見て回って疲れただけなら、まだフェイトの疲れもここまでじゃなかったかも知れない。けれど今回は精神的な辛さも加わり、いつもより疲れたように感じたのだ。
それにしてもーー
「ペアさん、なんで曰く付き物件がこんなに多かったんですか?」
フェイトは思わずペアに愚痴る。
そう、今回フェイトがペアに紹介してもらった店の半分近くが何かしら曰く付き物件だった。
その中には外装や内装が綺麗で、場所も中々に良い所があったりもしたのだが、事あるごとに殺人があったとか、幽霊が出ただとか、など曰く付きばかりだった。
最初はそんなの気にしなければ良いとフェイトは思っていたが、何故か誰もいない筈の店で感知スキルが反応した時点ですぐさま考え直した。
やはり何も曰く付きじゃない所の方がいいだろう。
その後も色々とあったりしたが、二人は結局最後の一個まで来る事が出来た。
今まで見た家の中で幾つか候補は見つけたものの、出来る事ならもう少しだけ良いところがないかな、というのがフェイトの印象だった。
拘りすぎなのかもしれない。
「フェイトさんが思ったように他の方々も敬遠してまして、ああ言った店は商人ギルドとしても持て余してるんですよ。まぁ、作りは良いので一応は見せておいた方がいいかと思って」
「そのお心遣いは嬉しいですが、俺もおかしい事が何もない普通の店がいいです」
フェイトとペアはそんな事を言い合いながら最後の一軒らしき所へ付く。
「ここが最後の候補です。見ての通り少し作りが古いですが、店として扱う分には問題ないと思います。料金は月々金貨1枚の25年払いです。大通りからは少し外れてますがどうしますか?」
ペアが紙を見ながらフェイトに問いかけてくる。
けれどフェイトはそれに応える事なく目の前の店をじっと見つめていた。
何故だかわからない。けれどフェイトは不思議な事に今までと違いこの古い店がちょっと気になっていた。
「…………ペアさん、このお店の中って見せて貰ってもいいですか?」
「え?あ、はい。大丈夫ですよ」
ペアからの許可を貰いフェイトは中に入る。
その中はペアさんの言う通り店の中は少々古い作りになっていた。
最近の店では珍しいと言える石造りではなく木で全て作られたこの店は、自然の感じさせた。
試しにフェイトは一息吸ってみると、木独特の香りが鼻を突き抜け、体を満たすのを感じた。
それから二、三回香りを存分に堪能した後、フェイトは店の奥へと進み他の部屋も見て周る。
二階建てのこの店は、一階二階に店舗スペースが一つずつあり、その他にも色々使えそうな小さな部屋が幾つかあった。
その何処もが、人を落ち着かせる、そんな雰囲気を持っていた。
そのお陰か今までの疲れが徐々に抜けて行くのを感じたフェイトはもう一回部屋を見て周る。
そして全てを見終わったフェイトは店を出てペアの所へ戻る。
「どうでしたかフェイトさん?」
「良かったです、なんというか此処が良い。そう思えました。ペアさん、俺ここにしたいです」
フェイトは心の底からそう思った。
他の幾つかあった候補でもなく、此処がいい、此処にしたい、と。
そう言うフェイトにペアは微笑み、一枚の紙を渡して来る。
「はい、これがこの家の証明書になります。此処に名前を書いてください。そして書き終わった後はまた私に返してください。この後私がこれを商人ギルドへ提出しておきます。そうしたら今日からこの店は正式にフェイトさんのものです」
そう言うペアにフェイトは頷き、渡してきた紙に名前を書いて返す。
ペアはそれを受け取り大事そうにファイルに入れる。
「後日、証明書の写しを渡しますので無くさないように気を付けてください。…………ところでフェイトさん、今になって言うのもなんですが、本当にこの店で良かったんですか?さっきも言った通りこの店は少し古いんですが」
ペアが首を傾げながら聞いてくる。
けれどそれにフェイトは問題ないと言うように首を振る。
「その点も大丈夫です。一度知り合いの親方って人に頼んで綺麗にして貰おうと思っていますから。そうすれば古いとは思わなくなるでしょうし」
「そうですか、それなら良かったです」
ペアは納得するように頷く。
そしてふと、ペアはそろそろ日が暮れ始めてる空を見はじめた。
おそらく今の時間が何時くらいから判断しているのだろう。
少し空を見つめていたペアは今の時間が把握できたのかフェイトを見てくる。
「それでは私はそろそろギルドに帰ろうと思います。フェイトさんはどうしますか?」
「そうですね、俺は早速親方達に頼みに行こうと思います。親方達も伝えられるなら早い方がいいでしょうし」
「成る程、わかりました。それではフェイトさん、また何かあったらギルドに来てください。お待ちしてますよ」
そう言って一度フェイトに手を振って帰っていったペアを見届たフェイトはもう一度目の前の店を見上げる。
今日一日という時間を掛けて決めた店。
初めて見た時から気になったここは、大きい訳でもなく、小さい訳でもないそんな店だ。
けれどそんな店で俺はこれなら働いていくのだろう。
そんな事を思い、これからの事に心を弾ませたフェイトは最後にもう一度店を見て、親方達の元へ走った。
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「マジか」
もう日が暮れ、青い空が赤く染まったこの時間。
フェイトはある通りの隅で一人呆然と立っていた。
つい先程までの感じていた高揚感は何処かに消えていた。
周りを歩いている人々がフェイトを変な物を見るような目で見て来るが、それが気にならない程フェイトは驚いて、いや困っていた。
あの後店から親方の所へ移動したフェイトは、親方に店を持つ事を伝えた。昨日の今日で店を手に入れたフェイトに親方は驚いていたが、同時に喜び祝福した。
その反応に少し嬉しく感じたフェイトは、そこで内装なんかを綺麗して欲しいという依頼を伝えたんだが…………断られてしまった。
否、その表現は正確ではない。
親方達は引き受けてはくれたのだ。
けれど直ぐにはその仕事に取りかかれない、という事だった。
今日急に大口の仕事が入り、何時もは何人か待機している人達も駆り出す事になったらしい。
親方は謝ってきたがそんな状況でフェイト自身、無理を言う訳にもいかない。
結局仕事が終わるという一ヶ月後に引き受けてくれる事になった。
赤く染まった空を見る。
店を綺麗にする作業はおそらく二週間はかかるだろう。
つまり、実際に店を開けるのは一ヶ月と二週間。…………いや違う。そこからまた商品の入れたり、並べたりしなくてはいけない。
そう考えると始められるのは約二ヶ月後と思うべきか。
フェイトは思わず顔をしかめそうになるのを抑える。
いっその事自分でやろうか、一瞬そんな考えがフェイトの頭を横切ったが直ぐに無理だと判断する。
店を持つからには商品も多くなくてはいけなくなる。
それの補充をしながら、店の方もやったら結局親方達に作業してもらうのより遅いペースになってしまうだろう。
しかし、かと言って商品の補充だけをしてたら倉庫や空間スキルだけではとても保存しきれなくなる事は間違いない。
作り過ぎた商品はまた露店街で売るか?そう考えながらフェイトは歩いていると、視界の片隅にある物が映った。
そしてそれを見た瞬間フェイト閃いた。
これでいこう、と。
※次の更新は一月一日、18時です