11話:商人の世界
屋根吹き飛び事件の翌日。エーラ君1号を引きながらフェイトは昨日と同じ広場へ向かっていた。
昨日、あの後屋根を修理し終えたフェイトは『実は俺にも魔剣が使えるんじゃね?』と淡い期待を持ちながら魔剣を振るい、見事最悪の予想を的中させた。理由はわからないが結局フェイトには魔剣を使うことが出来ないようだ。そのことにまたフェイトはへこんだが、使い道のなかったものに使い道が生まれたというだけでマシな方なんだと、自分を慰めながら広場へ着くと、そこにはフェイトよりも早くアランが着いていた。
「あ、おーい!おはようフェイト!」
「おー、おはよう、アラン」
こっちをを見て手を振ってくるアランにフェイトも同じように手を振り返す。そしてヒョコヒョコ寄ってきたアランにフェイトは不思議そうに問い掛ける。
「今日は早かったんだな。何か楽しみな事でもあるのか?」
「そりゃもちろん今日の商売に決まってるじゃないか!」
楽しそうにアランは告げる。
「初めての商売だからね。正直昨日の夜から楽しみであまり眠れなかったよ!」
「マジか」
アランの喜び様に少々驚く。そして正直ここまで楽しみにされているとその期待に応えられるのだろうかと心配な気持ちになってくる。
思わず少し思考の渦に囚われたフェイトを見てアランは、はっ、とした表情なる。
「フェイト、やっぱり昨日の屋根の件なんだけど…」
「ん?どうし.....って、あ、いや本当に屋根の件は気にしないでくれ!あの後すぐに修理できたし、本当に大したことじゃないから!」
現実に戻ってきたフェイトは昨日の件をまたぶり返そうとするアランに再び気にしないで欲しいと伝える。これ以上ぶり返されてもむしろフェイトの方が困ってしまう。そんなフェイトの様子にアランは不思議そうに首をかしげる。
「あれ、なんか難しそうな顔をしてたからてっきりその事かと。勘違いだったかな?」
「ん?いや勘違いじゃないっちゃあ勘違いでもないんだけど。あー、なんていうかアランがおもったより楽しみにしているようだから満足させられるかなー、って思って」
ハハハと笑いながらそう告げるとアランも同じように笑いながら
「なんかプレッシャーをかけるてるようでごめん。でもフェイトと一緒なら絶対楽しいものになると思うよ!」
そう言ってくれるアランにフェイトは思わず赤くなった顔を隠すように顔を背けながらエーラ君1号を握る。
「んじゃそろそろ行こうか。
これ以上ここにいるのもなんだし。アランもそれでいいか?」
「うん、そうだね!それじゃあ行こう!今日はどこに行くの?やっぱり商業区?」
その言葉にフェイトは首を横に振る。
「いんや最初は住民区からだ」
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住民区。その名の通りこの街---ガリアの住民の大部分が暮らすこの区にはさらに大きく4つの区画が存在している。
1区--- 別名貴族区と呼ばれるこの区画は住民区の中にありながら冒険者区や商業区、住民区のように他の区画を隔てるように壁が存在している。貴族区、その名が示すようにこの区画は貴族しか入ることが出来ず、フェイトも今まで一度も入ったことはない。現状フェイトには縁もゆかりもない場所である。
2区--- 一船上区とも呼ばれるこの区はこの町でも有数の商人やギルド幹部、そしてごく一部の冒険者が主に暮らしている。治安も相当良く、この区で暮らしている住人はガリアという街において勝ち組と呼ばれる者達が大部分だ。ちなみにプラハ達3人組もこの区で暮らしている。
3区--- 一般下区と呼ばれるこの区はガリアの住民の約7割が暮らしており、住民区の中でも最大の面積を誇っている。普通の市民はもちろんのこと、冒険者の大部分もこの街で暮らしている。治安がとても良いという訳ではないが、かといって別段悪い訳でもない。そんな場所である。
そして最後の4区。この区は別名スラム区と呼ばれている。ガリアという町において喧騒と喧嘩が絶えることがない冒険者区と同等、否それ以上に危険と呼ばれている区である。ここに住んでいる住人の大部分は大なり小なり後ろめたいことを抱えており、その危険性故に3区と4区の間には1区の様な壁ではないにしてもバリケードがはられ、兵士が度々境界を見回りしている。1区の用に現状フェイトには縁もゆかりもない場所である。
そして今回、フェイト達がやってきたのは3区ーーー 一般下区である。エーラ君1号を引きながら3区の街道を歩くフェイト達は見慣れないものを見るような目をした住人から注目を浴びていた。その大部分がフェイトが引きずっているエーラ君に注がれているが、それでも視線が気になるのかアランは時折あたりをキョロキョロと視線を巡らせながらフェイトに問いかける。
「ねぇ、フェイトはどうして此処に来たの?普通商売するのなら商業区じゃないの?」
「ん?まあそうなんだけど此処に来たのはとある人に会うためなんだ。後ついでに少しでも住人に覚えて貰おうと思って」
そう言いながらフェイトは自分たちを見つめている人に向かって手を振ったり、頭を下げたりする。
「ん?何か商売に関係する人なの?」
「ああ、これから商売していく上で絶対にあっておかないといけない人だ。本当ならもっと早くに行くべきだったんだけど、なんやかんやで今になっちゃったんだけどな」
頭をかきながらそうぼやく。本当に運が悪い事に、日程が合わなかったり、行っても会えなかったりとかが今日まで続いたのだ。
「今から会いに行く人は間違いなくゴールドクラスの大商人でな、ちょっと前から交友のある人なんだ」
「ゴールドクラスの大商人?それなら3区じゃなくて2区の方にいる人じゃないの?」
「いやちょっと不思議な人でな、2区より3区の方に家を持っているしこの時間ならだいたい家に居るって言ってたんだよ」
フェイトの言葉にへぇーと不思議そうな顔をするアランとさらに言葉を重ねていると周りの家より僅かに大きい家に着く。
「此処がその人の家だ。」
「え、ここが?」
アランが驚いたように目を見開く。その様子にフェイトはだろうなと納得した表情をする。視線をアランと同じ方向に向け目の前の家を眺める。目の前の家は周りの家に比べてもわずかに大きい程度で、ゴールドクラスの大商人が暮らしていると言うにはあまりにも小さい。言われなければそうだとは絶対に気づかれないだろう。
実際初めてフェイトがこの家を見たときはアランと同じような感想を持った。そして、実は見た目通りでない事も知っているが今回は特に関係ないしこれ以上こうやって家の前にいても仕方がない。
フェイトは玄関の前に立ち、ドアを3回ノックをする。
「すみません、フェイト・エラです。エーリッヒさんに用事に用事があるのですが」
そう言うと家の中から足音が近づき中から使用人である女性が出てくる。
「お久しぶりです。フェイトさん。前回来たときから---1ヶ月程になりますか。」
「そうですね、お久しぶりです。シエリさん。なかなか会いにこれなくてなんかすみません」
「いえ、気にしないでください。それよりそちらの方は?」
シエリの目がフェイトの後ろに立っていたアランに注がれる。
「現在パーティを組んでいるアランっていいます。商人も体験したいってことでこの後も一緒に行動するつもりいるんです」
「は、はじめまして!アランって言います。よ、よろしくお願いします。」
「不躾な視線を向けてしまい申し訳ありません。こちらこそはじめまして、今この家で使用人をしているシエリ・エーストと申します。以後お見知りおきを。」
そう言って互いに頭を下げあった後、シエリは少々何かを考える様にあごに手を当てる。
「…まあフェイトさんの同行者なら大丈夫でしょう。今から主人を呼ぶので中の方で座って待っていてください。」
そう言うとシエリはフェイトとアランを家に招き入れて、そのままリビングへ通す。
そしてシエリがこの家の主であるエーリッヒを呼びに行った間、シエリの入れてくれた紅茶と菓子を味わっていると予想よりも早く先程とは違う足音が聞こえてくる。そしてリビングの扉が開かれると一人の男が入って来た。
歳はぱっと見て30代後半から40代前半。清潔感に溢れた服を身に纏い、人が良さそうな表情をした大人な男性。と、いうよりは子供が悪友にでもあったようなあくどい表情を浮かべるこの男こそ現在ガリアの街に存在する数多の商会の中でも1、2を争う大商会をわずか一代にして作り上げた大商人----グレイ・エーリッヒである。エーリッヒはフェイトを視界に収まるとニヤリとあくどいを表情を浮かべる。
「久しぶりだな、フェイト。最近あまり顔を出さないからやはり死んだのかと思って墓を作ってしまうところだったぞ。まぁ近いうちに必要になるかもしれないがな」
「お久しぶりです。エーリッヒさん。安心してください、そうならないよう今頑張っていますから。それにしても相変わらずの性格ですね。もう少しシエリさんを見習ってカケラでも優しさというものを身に付けたらどうですか?」
開幕がてらに放たれたエーリッヒからの皮肉のジャブをフェイトも慌てる事なく同じ様にジャブし返す。その今までと違い平気で毒舌を放ち返すフェイトに驚いているアランを視覚に収めながらフェイトとエーリッヒは同時に手を差し出し握手をする。
別にフェイト達は仲が悪いわけではない。むしろ歳が離れているとは思えない程に仲は良い。
だからこそお茶目と言うべきか、いつからか再開の喜びから会う度にこんな風な遊びをするようになったのだ。
フェイトとエーリッヒは一通り再開を喜ぶと椅子に座り本題に入る。
「そんで今日はどうしたよ。まさかただ顔を見せに来たってわけでもないんだろ?」
「ええ、実はエーリッヒさんに頼みがあって…」
「ほう、俺に頼みか」
フェイトの言葉にエーリッヒは楽しそうに笑う。
「はい、実は俺、商人として働き始めたんですが、実はまだ店ができてなくて、店ができるまでの間どうかエーリッヒさんの商売地域で商売させてもらうことはできないでしょうか?」
そういってフェイトはフェイト達とエーリッヒを隔てる机にぶつかりかねない程頭を下げる。
さて、何故フェイトが頭を下げたかと言うと、単純に言えば露店を出すためである。
現在ガリアでは商業区内であれば商人は自由に露店を出すことができる。その際自分の店を持ったときの商人ギルドへの登録や露店街の様に参加料を払う必要もない。あえてあるとしたら商人ギルドに加入していることだけという、実質なにもない条件である。
さて、これだけを聞くと自分の店を持つ事によるリスクを背負ったり、露店街で料金を払って店を出すよりはるかにお得に聞こえるが、まあそうそうそんなうまい話がある訳もない。
実際のところなんの許可もなく露店を出した場合数日以内に潰される可能性が高い。誰かが露店を出すということは当然その付近の店の売上が落ちるということでもある。当然その事を不快に感じる商人は多く、だいたいその中の誰かがチンピラなんかを雇い、その露店を開けないように妨害をする。
そのため露店を出す商人の大体は露店付近で最も力のある商会に代償を払い後ろ盾になってもらっている。そうする事で他の店から妨害を開けるのも防げるのだ。
なのでフェイトも大商人であるエーリッヒに後ろ盾を得ようと今回こうしてやってきたのだ。頭を下げるフェイトにエーリッヒはその事を予想していたように口を開く。
「まあ言いたいことはわかった。たしかにお前が商人になったのは喜ばしいことだし、俺に頼みに来るのも納得だ」
高そうなソファー背を預けながらウンウンと首を振る。
「だけどまさかタダで後ろ盾になってもらえると思ってないよな?確かにオレとお前は前からの個人的な友人だが、だからといってなんの代償もなく後ろ盾になってやる程お人好しだはないのも知ってるはずだ。さてフェイト、お前は俺になんの代償を払う?言っておくが生半可なものじゃ認めねぇからな」
一代でガリア随一の大商会を作り上げた大商人の風格を感じさせながらもニヤリと笑うエーリッヒにアランはごくりと息を呑み、フェイトは笑みを浮かべる。
確かにエーリッヒの言う通り生半可なものは意味がないだろう。大商人であるエーリッヒは並大抵なものは持っているし、別に金にも困っている訳じゃないから売上の何割かを納めるという方法もほとんど意味をなさない。つまり、エーリッヒに後ろ盾になってもらうには、エーリッヒが持ってないもので、それでいてエーリッヒにとって有益なものである必要がある。
あまりにも難しい問題だ。しかしだ。逆に言えばそれを成しあげたらガリア随一の大商人であるエーリッヒに後ろ盾になってもらえるのだ。やるだけの価値はある。
フェイトは自分を落ち着かせるように一度深呼吸をすると、空間スキルから予定していた箱を取り出しエーリッヒの前に置く。
「これが俺が払う代償です」
そう言って箱をエーリッヒに見えやすいように開ける。
「ほう」
エーリッヒの寛闊声が漏れる。
エーリッヒの視線の先、フェイトが開けた箱の中には同じ形をした5つの黒い腕輪が入っていた。予想外のものが出てきたのか楽しそうに目を細めたエーリッヒは一つ手に取り様々な角度から観察する。
「…なぁフェイト、これは一体何だ?見たところただの腕輪にしか見えないんだが…」
エーリッヒの言葉に同意したのかアランもこちらを見てくる。
「実はこれ魔剣なんです。あ、いや剣の形をしてないから魔剣って言っていいのかわかんないものなんですけどね」
あえて言うなら魔輪?いやもう普通に腕型の魔道具というべきなんだろう。フェイトの言葉に目を細めていたエーリッヒは先程をうって変わって目を丸くする。
「魔剣だと?確かフェイトは魔剣は作れないんじゃなかったか?」
「そうだと俺も思っていたんですが、実は昨日ここにいるアランのおかげで魔剣が作れていたことに気づいたんです。それで急遽渡すものをこれに変更しました」
フェイトの言葉にエーリッヒは、ふむ、と呟きながら少しの間頭を巡らせ、そしてはぁ、とため息を吐く。
「まあ俺が考えても仕方ないか。それでフェイト、この魔剣の効果はなんだ?見た感じ身体能力とかそっち方面を上げるようなタイプに見えるが…」
ーーーーもし、そうなら特に必要ない。
そう考えながらフェイトに視線を向けるとフェイトは首を横に振った。
「いえ、これは防護系の力を付与しています」
その言葉にエーリッヒは、ほう、と今までと違い、本気で興味深そうな反応をする。
「防護系、ということは物理攻撃や魔法から身を守ってくれるのか?」
「はい、あと毒などの異常状態も防ぐ事ができます。」
「毒もか…フェイトこれにデメリットなんかはあるのか?」
頭の中でこの手の中にある腕輪の価値を計算しながら問いかける。
「あります。例えば物理攻撃などでしたらAランク級は二度か三度程度しか耐えられません。そして毒などの状態異常系を防ぐ事は出来ますがその腕輪をつけた状態で薬を飲んでも何も効果を発揮できないという点です」
そな言葉にエーリッヒは納得したような表情をする。
そしてその言葉からこの腕輪の使い道を理解する。
「なるほど。そういうことか。これはどちらかと言うと商人向きの魔剣なんだな?」
エーリッヒの確信めいた言葉にフェイトは心の中で少し驚きながら首を縦に振る。その予想は正しい。
これは確かに便利な代物であるが、それは商人が使う事が前提で冒険者にはそこまでの価値が無いのだ。
この腕輪は耐久的、状態異常的の二つの性能を持っており、片方の性能が使えなくなってももう片方の性能は使うことができる。
かなり優秀なものであるとは思うがそれで問題がないわけでもない。
例えば耐久の性能が壊れたこれをつける事でモンスターの毒なんかは効かなくなるが代わりに物理的におったダメージを回復するためのポーション類が使えなくなる。他にも耐久的にはそれなりに丈夫ではあるが弱いモンスターの攻撃でも確実に耐久値が減っていくのでいつ壊れるか予想が付かないなど、他にもいくつかある。
そして何よりこの魔剣は作るためのコストが他の魔剣に比べて随分高い。普通の冒険者ではこれを買って使ったところで、その値段に比べて効果が割に合わないのだ。
けれど戦闘もしない商人にはそんな事は関係ない。戦わない商人は余程のことがない限り耐久が減ることがなく、耐久が減ることがないという事は物理的なダメージを負うことがない。そして物理的なダメージを負わないという事はポーションなどの薬を使う必要もない。まさに商人だからこそ長く使うことができ、買うだけの価値が生まれるのだ。
そしてその事を少し聞いただけで理解したエーリッヒにフェイトは呆れと畏怖を心に抱く。
フェイトは緊張をほぐすように一息入れるとエーリッヒをゆっくり見つめる。
「エーリッヒさん。これで貴方の後ろ盾をもらうことが出来ますか?」
正直フェイトはこれ腕輪はフェイトが現状エーリッヒに渡せる物の中で一番良いものだと思っている。これでダメならどうしようもないとさえ思う程に。
1秒、2秒といつもより何倍にも長く感じる時間の中でフェイトはただじっとエーリッヒを見つめる。
フェイトからの視線を浴びながらもエーリッヒは目を閉じ、ゆっくりと、それでいて深く考え、そして目を見開くとフェイトにニカッと笑いかける。
「何言ってんだ当然出来るに決まってんだろ。むしろこれでダメって言う奴がいたらそいつの顔が見てぇや」
そのエーリッヒの言葉にフェイト安堵の息を吐き、アランは自分の事のように喜ぶ。フェイトはこれなら大丈夫と自信はあったがそれでもやっぱり心配になってしまったのは仕方ないだろう。
「んじゃ、ちゃっちゃとめんどくさい事はすませるか。シエリ、あれ持ってきてくれ」
エーリッヒが部屋に入って以来今まで一言も話す事なくエーリッヒの後ろで携んでいたシエリは主人の言葉に即座に動き、一枚の紙を持ってくる。
「これがいわゆる許可証代わりになる書類だ。なくしても再発行しないからな、大切にしろよ」
「わかっていますよ、なくしたりなんてしません」
エーリッヒから書類を受け取り、大事に空間スキルの中に入れる。
「さてと、俺もいい加減そろそろ商会に顔を出さないと行けないな。フェイト、お前はこの後どうするんだ?」
「せっかく許可証を貰った訳ですし、このまま俺も商売をしに行こうかと思います」
「そうか.....なぁ、という事はお前はこれが商人としての初めての商売になるって訳か?」
「?え、えぇ。露店街での商売を含まないのであれば」
「そうか、なら新しい商人を祝福すべくこの言葉を送ろう」
そう言うとガリア随一の大商人は腕を大きく広げ新しい一歩を踏み出した少年を見据える。
「ようこそ、商人の世界へ。せいぜいこの世界を楽しめよ」
近日次話投稿予定です。