錬金術
鳩の群れで何も見えない。
二百羽以上はいそうだった。ガニメデには鳩がいる。誰が持ち込んだのかは今となっては分からないが、植民ドームでたくましく生き延びていた。
「準備ができたぞ」
突然声が聞こえた。一羽の鳩が彼を見上げている。木星系の鳩は会話ができる。そんなことはありえない。しかし現実には声は聞こえて、うまくいっている。彼の能力はこうして発動する。いつものようにモノクロの視界が広がる。集中すると植民ドームの公園は消えて、視野は拡大し手のひらにのせた鉱石表面のミクロン単位の傷が見えてくる。ざらざらした感触の岩石層が見えてきた。たいていの小惑星は岩石か氷でできている。彼が求めているのはそのどれでもない。金属コアを持つタイプでしか元素変換はできない。さらに拡大する。コアの構成粒子を確認すると、モノクロの格子状構造が見えてきた。
欲しいのは無論、金の安定同位体だった。それ以外は無意味だし、危険ですらある。
まずウラン系列をたどる。ウラン238から始めて水銀までは一本道だ。水銀206からタリウム206へ。後はアルファ崩壊すれば金202が手に入る。しかしこの同位体はすぐに崩壊してしまう。安定同位体より中性子が五個多いからだ。放射性同位体はいらない。ここから彼の技術が発揮されるのだ。中性子を弾き飛ばして強引に安定同位体に〈加工〉する。そんなことは通常不可能だ。しかしそれを可能にするのが彼の技術だった。水銀までたどり着けば何とかなる。その意味でかつて地球で行われた錬金術は悪くなかった。ただし彼らに、賢者の石を手に入れる技術はなかったけれど。