Pie in the sky
学校なんて私の居る所じゃない───
少女がマンションの一室の窓辺で本を読んでいる。青春を描いた小説のようだが、少女は実に面白くなさそうな面持ちだ。
溜め息をついた少女は、本を閉じて膝の上に置き、窓から見える青空を見上げる。
少女はとある記憶を思い起こし、眉をしかめた。
また溜め息をつくと、その唇を微かに動かして、
「小説みたいな青春、私だって、過ごしたいよ…」
少女の呟きはビル風にかき消された。
少女は、普通に学校に通っている筈だった。
少女は、いたって普通だった。その普通が、クラスメートにとっては異常だったようだ。
少女は、達観し過ぎていたようにも思える。
扱いづらいとクラスから距離を置かれ、いつしか学年全体からも距離を置かるようになった。
多少大人びているだけの普通の少女がこの状況に耐えられる筈もなく、少女は登校を拒否した。
どうなってもいいと考えていた。
少女は毎日を、本を読んでやり過ごす。
最近、辛くなるのが解っているのに、少女は自分と同年代の青春を描いたものを読むことが増えた。
空を仰いで、空想していた。
「もしも、こんな日常だったら…」
夕食の席で、少女は母から、学校へ行くことを勧められた。
「…嫌だ」
いつもなら、母はこれで諦める。なのに、今日は続けて勧めてきた。
「今日、電話があったの。クラスの子達から。反省してるし、謝りたいから、どうか出てきてくれないかって。」
少女は少し黙って、考えを巡らせた。
もしかしたら、物語みたいな、とまでいかなくても、青春出来るかも。でも、もし嫌がらせされたら?
「…行って、みる」
嫌がらせをされら、すぐに帰ってくればいい。
母は、少女の受け答えに満足げな表情をした。
翌日、教室に足を踏み入れると、少女の姿を目に止めたクラスメートが、一瞬で静まり返る。
少女は少し恐怖を感じたが、クラスメートは一斉に少女へ駆け寄ってきた。
「無視とかしてごめん」
「消えろって言って、悪かった」
「来てくれてありがとう」
少女は感激して込み上げてくるものを抑えられなかった。
悲しくない涙が、ぽろぽろと、零れた。
少女は幸福を感じて、長い間閉じ込めていた笑顔を、少し、口角に表した。
打ち解けられた幸せが少女を包んだ。
女子とは普通の友達のような関係を築き上げ、男子とは普通の距離感を保っていた。
青春を味わった少女はかなり明るく変わり、幸せな生活を送って、普通の女の子の感情を持てるようになった。
少女は、暗い部屋で、今まさに沈もうとしている西日を見た。
そして、今まで自分がしていた空想を鼻で笑った。
あり得ないことを考えた自分への嘲笑が込み上げる。この話は物語の中だから綺麗に終わっているんだ。
「絵に描いた餅…って、こういうことを言うんだっけか」
少女は、自分のことを誰よりも知っていた。
どこから菌をもらったのか、朝から熱が出ていた。
どんどん上がっているようにも思える。
処置をする気は、少女にはなかった。窓辺で、風にあたっていた。
瞼が重くなった少女は、長い溜め息をついて、そのまま目を閉じた。
このままいなくなれるなら、本望だ───
西日が、ビルの間に消えていく。光が途絶え、暗くなった空を星が埋め尽くしていく。
強いビル風が、開けっぱなしの窓から吹き込んでいる。三日月が、一人の少女を照らし出した。
【絵に描いた餅・pie in the sky】実現する見込みの無いもの。