6
私の本当の名前はリルフィール=アリシア=クロシアル。
正真正銘クロシアル公爵家長女だ。
シゼルは実兄である。
なぜリルフィ=アイザックという偽名を使ってまで騎士訓練生になっているのかというとリルフィの我儘以外の何物でもなかった。
公爵家という貴族の娘に生まれてしまった以上、あと数年以内に政略結婚しなければいけない。
それまで自由に生活をしたいと我儘を言ったのだった。
なぜ騎士訓練生と言われると、クロシアル公爵家の性質上リルフィも剣を使うことができるから国の騎士団や未来の騎士達の実力を知りたかったというのと、ちょっぴり結婚相手候補がどんな感じなのか知りたいというのも下心であったりもした。
そのため身分を偽ったのだがフィルットなんかは貴族意識が高すぎる典型的な貴族のお坊ちゃんって感じで、候補にすらなり得ないだろう。
もし候補に上がって来たら間違いなく潰すけど!
「リルフィ、なんで訓練生なんかになったんだい!?こんな男臭い場所に身を置くなんてあまりにも危険すぎる!!訓練なんかする必要ないじゃないか!」
感動の再会!と言わんばかりに十分すぎるほどリルフィを抱きしめた後待っていたのはシゼルからのお説教だった。
「だって…騎士ってみんなどれくらいの実力か知りたかったし…もしかしたら結婚相手候補に会えるかもしれないじゃない。どんな人が予め知っておきたかったし」
「結婚相手なんて父上や俺たちが精査するからリルフィが心配する必要なんてないのに…」
溜息をついて物憂げな表情は我が兄ながら格好いい。
黙っていれば格好いいんだよね。
「それはそうと、リルフィ。先程は何故ゲインなんかの部屋にいたんだ」
「なんか…呼ばれたから行ったら酔っ払ってて襲われかけた…?シゼル兄様が来てくれて助かったよ」
事実のみを伝えると今度はプルプル震えている。
「リルフィー!!男性の部屋に一人で入るの禁止!嫁入り前の淑女がすることじゃありません!」
「はぁい」
ガッチリと顔をホールドされて怒られる。
深い青色の瞳を向けれると惹きつけられて目を離せなくなってしまう。
「それにしてもゲイルめ…俺の可愛いリルフィになんてことをっ!覚えてろよ…」
なんだか怖い呟きが聞こえるが聞かなかったことにしよう。
「シゼル兄様はなんで指導官なんかに…?」
「そりゃ心配だからに決まってるだろ?大事なリルフィが男臭い場所にいるなんて心配で夜も眠れなくなりそうだよ」
話は逸らすことには成功したみたいだが、疑問は残る。
「じゃあなんでシゼル兄様が私の指導官になってくれなかったの?」
「…俺がリルフィに厳しく指導できるはずがないだろ」
ボソッと呟くのに納得する。
確かに甘やかされたら何かあるのかとか勘ぐられそうだしね。
「それなら私の指導官のエヴァンス様はどんな方なの?中隊長くらい?」
「レイヴィンか?」
名前はレイヴィンというのか。
「レイヴィンは同じ蒼騎士団の仲間だ」
シゼル兄様と同じ蒼騎士団ということは実力は相当あるのだろう。
「気になるか?」
「いえ、食堂で助けていただいたのだけれどもまだお礼も言えてなくて…」
食堂での出来事を話すとまたしてもシゼルの顔つきが怖くなる。
「ゲイル…殺す!そしてアカシアのバカ息子め!あいつも殺す!」
シゼル兄様に死刑宣告されたら本当に簡単に殺しちゃいそうだから恐ろしい。
コンコン
「シゼル、この書類の件なんだが……」
沈黙。
扉を開けたのはレイヴィンだった。
「ーーー失礼」
そう言って扉を閉めようとする。
「まてまてまて」
慌てて止めるシゼル。
今のリルフィとシゼルの立ち位置は兄妹としてはいつものことなのだが、指導官と訓練生としてはあまりにも近すぎる距離だった。
シゼルに止められて再び扉を開けて部屋の中に入るレイヴィンはリルフィを不審物のように見ている。
「私はこれで失礼します!」
レイヴィンの横をすり抜け部屋から飛び出る。
ふぅ。なんだか疲れたなぁ。
ゲイルやらシゼルやら目まぐるしくてリルフィはなんだか一気に疲れてしまった。
部屋に帰って寝よ。
明日も朝早いのだから。
そう思いそっと部屋に戻っていった。
「ーーー先程のは?」
リルフィのいなくなった部屋で先に口を開いたのはレイヴィンだった。
「リルフィ=アイザック。明日から五班訓練生だ」
「恋人か?」
「…恋人ではないけど大切な人だよ」
「ふうん?」
「それより用事はなんだ?」
レイヴィンは納得してないような感じだったが無理やり話を変えて話を終わらせた。
叶うことなら…あの子が傷つかないように…幸せになってもらいたい。