10
「アイザック君。ちょっと書架室からここに書いてある資料持ってきて貰えないかな?で、そっちにある資料ついでに返してきて」
「はーい」
リルフィは紙を受取り資料のリストを見てうんざりする。
これ!昨日私が返しに行ったばかりだろう!これもっ!一昨日返したばかり!
城での勤務が始まって数日が経った。
城での警備が主な仕事だが、訓練生はやはり訓練生の域を抜け出すことはなくリルフィは毎日雑用ばかりやっている。
レイヴィン曰く適材適所を考えて配置したとのことだったが、私には雑用がお似合いということだろうか!?
警備という建前だが顎でいいように使われているだけのような気がする。
書架室に返しにいく資料を何気なくペラペラ捲りながら歩いているとリルフィは違和感を感じる。
あれ?これってーーー。
ちょっとした違和感は嫌な予感に変わっていく。
ーー確認しなきゃ。
「リルフィ=アイザック」
「ひゃっっ」
急に名前を呼ばれて驚く。
目の前にいたのはレイヴィンだった。
気配に気が付かなかった…。
そのことにリルフィは驚く。
「エヴァンス指導官、こんなところで何されているんですか?」
「その言葉、そっくりそのまま返してやる。こんなところで何をしているんだ」
相変わらず愛想がない。
いや、心許されてない、と言った方が正しいかもしれない。
ここ数日観察していて気が付いたがシゼルと話をしていると偶に少し笑みを浮かべている時もあった。
そしてこうして真近で話をして初めての気が付いたが、レイヴィンはとても綺麗な顔をしている。
野暮ったい長い前髪が目元を隠している事が多く分かりづらいのだ。
「…資料運び頼まれたんです」
「お前は騎士訓練生ではなかったのか?いつの間に官吏たちの雑用係に成り下がった?」
あれー?それを意図して私をここに配置したのではないですかー?という言葉がでかかったが何とか飲み込んだ。
「まぁ騎士訓練生も雑用係みたいなものですから大丈夫ですよ。ただ同じ資料を毎日のように持ち運びするのはどうかと思いますね。非効率極まりないです」
「そうか…そのあたりは俺から注意しておこう」
無愛想だがなんだかんだで優しいところもある、ということにも気が付いた。
とりあえずレイヴィンが意図してやった訳ではないというのが分かり、一気に気分が明るくなる。
そういえば食堂でフィルットに絡まれた時に助けて貰ったお礼をまだ言っていなかった。
「エヴァンス指導官、ちょっと休憩しません?」
「は?」
確かこの先に…。
リルフィは戸惑うレイヴィンの腕を引き歩いて行った。
小さな扉を開けると城の庭とはいえないような小さな中庭があった。
入り口は小さな扉だけ。
あとは城の壁に囲まれているのだが、陽の光が上から入って来るため暗さは一切感じられない。
城内には数え切れない程の素晴らしい庭園はあるが、この庭にあるのは木が一本と、その脇に置いてあるベンチがあるだけだった。
今は寒いので裸に近い木だが、リルフィは知っている。
暖かくなってくると桃色の花が咲くことを。
幼い頃こっそり来ていた思い出の庭なのだが、そのまま残っていて嬉しかった。
「ここは…」
「エヴァンス指導官、ここ素敵でしょ!昔から変わってないんですよ」
「昔から?お前はここに来たことがあるのか?」
「いや!言い間違えました!む、昔から変わらないような雰囲気があるなぁ…と思って!」
思わず口が滑ってしまった。
危ない危ない。
「ふぅん?」
「と、とりあえず座りましょうっ」
木で出来たベンチに腰掛ける。
何故お城の中なのにこんなに簡素なベンチなのだろう。
何度も思ったことだが、今はこの思い出のベンチが落ち着く。
「あ!エヴァンス指導官、以前、食堂で助けて頂いてありがとうございました」
「食堂?あぁ、アカシア伯爵のバカ息子か」
「バ、バカ息子?」
シゼルに続きここでもバカ息子扱いか。
「あいつはバカ以外の何物でもないだろう。身分にこだわってばかりで自分では何もできない」
仰る通りで何も言えません。
「アカシア伯爵自身も自分より身分が高い者には腰が低いが、それ以外の者対する態度は酷いと評判だからな。親が親なら子も子だな」
「な、何かアカシア伯爵に嫌なことでもされたんですか?」
「………いや…客観論だ」
たっぷりとあいた間は気になるが…。
「そういえば何してらしたんですか?」
その言葉で思い出したのかレイヴィンは立ち上がった。
「シゼルに呼ばれていたんだった。お前も休憩は程々にして仕事に戻れ」
そう言い残すと足早に庭から出て行った。
一人残されたリルフィはベンチに横になり空を見上げる。
「ここは…本当に変わってないなぁ」
レイヴィンと一緒にいた時間が悪いものではなかったな、と考えながら暖かい日差しに眠りが誘われてきた。
ちょっとだけ話が進んでほっとしてます。
昨日のうちには更新できなかったですが…(汗)