概略説明という名のボツ原稿供養 ナージャ編
時系列ではナージャ入部前です。
「料理研究部として、総合生活支援部の皆さんに依頼します」
いつも通りに放課後の部室にやって来た、ナージャ・クニッペルの言葉で始まった。
「皆さんは、スイーツ甲子園って知ってます?」
「知らないけど、言葉から察するに、高校生が菓子作りを競うのか?」
いつも通りに堤十路は、野良犬のように短髪頭をかきつつ平坦な声で応じ。
「そう思ってもられば十分です。それで、料理研究部でも出場する予定なんですが、校内予選があるんです」
「校内? 地区とか県内とかエリアなら納得できますけど、なぜ?」
いつも通りにコゼット・ドゥ=シャロンジェは、木陰の獅子を思わせる憂鬱さを出し、波打つ金髪をいじりながら応じ。
【ホームページにあるスイーツ甲子園の大会規定には、一校一チームと限定されていないようですし、既に応募も終わっています。校内予選の必要があるのですか?】
「それがあるんですよ~」
いつも通りに部室の隅に駐車されている、ロボット・ビークル《使い魔》のAIイクセスが、無線でインターネットに接続して応じ。
「料理研究部の他に、栄養学研究同行会、美食クラブ、食品サンプル研究会と、日頃似たようなことをやってる部活が参加表明してるんです」
「あのー……美食クラブも気になりますけど、最後のは明らかに違うのではないかと……」
いつも通りに木次樹里は、子犬めいた人懐こい顔を愛想笑いにして応じ。
神戸市北部の山中に建つ巨大総合学校・修交館学院――その敷地の隅にあるガレージハウスを拠点とする、二一世紀に生きる《魔法使い》たちの部活動『総合生活支援部』の活動は、いつも通りに行われていた。
すなわち、駄弁る。部活動としては、依頼に応じて動く、校内のなんでも屋のようなことをやっているが、依頼される内容の多くは、《魔法使い》と呼ばれる彼らでも不可能なことが多いため、時間つぶしとなってしまう。常人の不可能を可能にする《魔法使い》も、現代日本の法律とモラルと物理法則の中で生きているのだ。『異世界で勇者にしてください』と言われても願いを叶えるのは不可能であるし、『不老不死にしてください』と言われても願いを叶えるのは不可能であるし、『三○歳童貞なので《魔法使い》にしてください』と言われても願いを叶えるのは不可能だ。
校内ネットワークを通じて届いた、そんな依頼メールを樹里が処理をして、コゼットは暇つぶしに読書をして、十路は部室内の備品の整理をしていたところに、ナージャがやって来て、冒頭へと戻る。
「この四つの部活動、昔は一緒にやってたらしいですけど、スローガンの違いで分裂したそうです」
「食品サンプルはどう考えても違いすぎるだろ……」
「ちなみに『いずれ俺たちの食サンが全国のファミレスに並ぶんだ!』のキャッチフレーズが受けて、一番熱くて部員の多い派閥です」
「ファミレスって食品サンプル置いてたか……?」
幼稚園から大学まであり、留学生が多いだけでも充分変わっているだろうが、《魔法使い》の部活動などという普通存在してはならないものがある、この学校の特殊性をナージャの話で、改めて十路は認識する。食品サンプルを研究する部活動とそれは結びつかないような気もするが。
「それはともかく」
腰まで伸びた白金髪の尻尾を振り回しつつ、ナージャは説明を続ける。
「一緒にしていたのに分裂した原因というのが、今のそれぞれの部長さんたちなんです。料理研究部の部長さんは、むしろなんとかしようとしてるんですけど、他三人の代表さんたちはも~仲悪くて……」
「それぞれの部で大会に応募してたのが発覚して、それで騒動に発展したとか、そんな感じか?」
やる気ない声での十路の確認に、ナージャはコクンと首を動かした。
「同じ大会に出るんですから、その場で決着つければいいと、わたしは思うんですけどね~……」
自身の考えは述べつつも、ナージャは言葉を濁してそれ以上は言わない。悪い話はやんわりと伝わる程度で終わる。男女問わずに交友関係の広い付き合いができる、彼女らしい言い方だけをして説明を続ける。
「それで料理研究部の部長さんの提案で、校内予選で優勝したチーム以外は、出場取りやめましょうってことになりまして」
「料理研究部の部長から、か? 他三人の仲悪さをなんとかしようとしてるんじゃないのか?」
「だから、ですよ。喧々囂々諤々グダグダと罵り合ってるよりは、ずっと健全で結果も納得できるじゃないですか」
「なるほど」
「校内予選の方法は、放課後に模擬店を開催して、学生さんたちの投票で判定ってことになりました。ま、B級グルメを決めるあの大会みたいな感じですね」
ナージャの説明に十路が軽く頷いて納得を示すと、コゼットは総合生活支援部の部長として確認を行う。
「それで、なに依頼する気ですのよ? 《魔法》を電子レンジ代わりにするとか、お断りですわよ」
「いえいえ、普通にお手伝いしてもらいたいだけです。料理研究部って、わたしを含めて五人しかいないですから、人手が足りないんですよ。そんなわけで日頃ここに出入りするわたしから頼んでもらえないかと、料理研究部の部長さんにお願いされまして」
「模擬店っつってましたわよね?」
「というかメイド喫茶です」
「フードコート形式でメぇド喫茶ぁ……? つーかわたくし、あの手の店のコンセプトが理解できねーですし、旬は過ぎてお寒いんじゃありませんこと?」
サムズアップを見せるナージャに、コゼットは顔をしかめる。
当然かもしれないが、メイド喫茶は日本独自の産業である。最近では逆輸入されている可能性も多分にあるが、基本、海外にそんな店はない。日本人は『そういう店だ』と認識しているだろうが、存在を承知しつつも生粋のヨーロッパ人であるコゼットは、飲食業というよりは風俗業である実情が奇妙に思えるのだろう。更に半セルフサービス形式の屋台共有スペースで行うのに、メイドの必要性は確かに疑問かもしれない。
「『MOE』『KAWAII』が世界標準語として定着しつつある現在、留学生の多いこの学校なら大丈夫です!」
ナージャも生粋の外国人のはずだが、そこは容認する側らしい。固く拳を握り締めて力説する。
「はい、部長さん。試しにやってみましょう。『おいしくなぁ~れ、ラブきゅんきゅん』」
そしてナージャが朗らかに提案すると、コゼットが意外な行動を取った。
「おいしくなぁ~れ♪ ラブきゅんきゅんっ☆」
「「…………………………………………」」
指でハートマークによく似た印を組み、キャピキャピした声でコゼットが発した呪文により、現代の《魔法》とは違う体系の技術が発動し、ガレージの空間が絶対零度以下に凍りつく。
数秒後、解凍したのも、その現象を引き起こした当人だった。
「ンなアホやってられっかッ!?」
吐き捨てるがノリノリだった。しかし誰もそれをツッコめない。意地っ張りでケンカっ早くて理不尽なことでも平気で言うガラが中途半端に悪くてワガママな二面性王女サマという、とてもそんな黄色い声を出すキャラではないコゼットが、本当に試すとは思ってなかったから。
ちなみにその捨て台詞は、実際やっている非正規雇用メイドさんたちに、かなり失礼だが。
「いやー……メイドさんは冗談だったんですけどねー……」
「だったら最初からさせんじゃねーですわよ!」
ナージャが声を絞り出すと、我に返るとやはり恥ずかしかったのか、朱が差した顔でコゼットは怒鳴る。
【こんなメイドなら、誰もご奉仕されたくないでしょうしね】
「うっさい黙れ!」
そしてケンカを売るように口を挟んできたオートバイにも怒鳴る。
「ナージャ。要するに臨時ウェイトレスを依頼したいのか?」
普段はともかく、こういう時には頼れる男・空気読まない堤十路一八歳は、脱線しがちな話を進めさせる。
「そうですけど、十路くんにもお手伝いをお願いしたいです」
「俺も?」
「売るのは女の子の方がいいでしょうけど、作る時は男手が欲しいですよ。実際の大会と違って、量作らないといけませんから、力仕事になっちゃいますし」
「木次と部長はどうする?」
クラスメイトであり、うっとうしさを感じならがも、ナージャには日頃から世話になっている。だから依頼を受けるつもり十路が確認すると、樹里は嫌がる素振りもなく応じる。
「や、その手のことは実家でやってますし、私は構いませんよ」
樹里の実家は神戸市内でレストラン・バーを開いていて、彼女も時折帰って手伝っている。接客業においては、部員の中で一番の経験者だった。
「一応、料理研究部にはお世話になってることですしね……いつもの《魔法使い》を過大に期待した内容じゃないですし、引き受けましょうか」
ナージャが持ってきたレアチーズケーキにフォークを入れながら、コゼットが応じる。
今日は依頼を出すための機嫌取りかもしれないが、ナージャはこの部室に遊びに来る時、よく作ってきた菓子を差し入れている。材料代もなにも払っていないのだから、間接的には総合生活支援部は、料理研究部の世話になっていると言える。
「えーと、ナージャ先輩。大会だと作るケーキはひとつだけで、手の込んだ飾りつけをするんじゃないですか? 今回の勝負の方法だと、そんな事していられないと思うんですけど? その辺りどうする予定ですか?」
「あ、そっか……大会用の作品はデコレーションしたホールケーキですからね」
「ホールで作って、カットして売るんですか?」
「いや~、話を持って帰ってから決めますけど、別デザインで小さいのを量産した方がいい気しますけどね」
「あと実際に売るとなると、値段も考えないといけませんけど?」
「そこちょっとモメてるんですよね~」
アルバイト的なものとはいえ、実際に商売に関わる樹里が率先して質問していく。
こうして《魔法使い》たち三人は、模擬店を手伝うことを決定して、細かい打ち合わせを行った。
△▼△▼△▼△▼
そして当日、十路が家庭科室に行くと。
「お~。十路くん、なかなかお似合いですね~」
同時に教室を出たが、一足先に着替えて来ていたナージャが振り返り、十路の格好にホンワカ笑顔を向ける。
「一応渡された服に着替えてきたけど……俺にまで接客させる気まんまんじゃないか……」
裏方で力仕事をしていればいいのかと思っていたので、やや憮然とした声で十路は答える。渡された服は、白いカッターに黒いツータックスラックスの上から紺色のエプロンをつける、ウェイタースタイルだった。
「それで、メイド服じゃないにしろ、結局はコスプレする気か?」
「いやいやいや~。今回は勝負なんですから、武器はちゃんと活用しないと。だから服飾研究部にも協力をお願いしました!」
「武器なぁ……? その様子じゃ、部長と木次にも同じ服を着せるんだろ……?」
ナージャもまた着替えてた服を足元から確かめ、十路はため息をつく。
彼女はフリル付きのブラウスに、チェック柄のエプロンと青いロングスカートという、本社は大阪なのに、なぜか神戸と付く外食チェーン店の制服を着ていた。
問題はエプロンの形状だった。前掛けタイプほどの大きさなのに、吊りスカートのように幅広の青い紐を肩からかける珍しいデザインだ。そしてなぜかコルセットのように腹部を締めている。
つまり、胸が強調される。推定バスト九〇超の迫力ある物体が、これでもかと突き出されていた。首元までボタンが留められた上にリボンタイで飾られ、谷間など覗かせているわけではないが、男ならば誰しもその膨らみを見てしまう。
しかも服の色合いが華やかな雰囲気を振りまき、金髪碧眼の美形である彼女の魅力を存分に引き出している。
そういう格好をすることに、ナージャは抵抗がないらしい。基本的に彼女は、楽しければなんでもいいという態度だ。ムードメーカーであるが、十路には少々うっとうしく思ったりする時でもある。
「部長は嫌がるだろ?」
「服を渡したら、なんのかんの言いながら、受け取ってくれましたよ?」
「あと、木次は泣くだろ」
「泣くまで嫌がられるんですか!?」
「服着て自分で愕然として、ここに来てナージャ見てまた愕然として、落ち込むとしか思えないんだが」
だから、配慮が今ひとつ足りていない、表裏一体の欠点が彼女にはある。
樹里も絶壁ではない。細身ではあるが女の子らしい曲線を持っている。
ただバスト七九では物足りないのも事実だった。この服を着たナージャが巨砲主義戦艦だとすれば、せいぜい戦車クラスであろう。コンプレックスを持つ彼女ならば、反応も予想できる。
「同じ系列店でも制服違う店あるんだから、そっちの服にしとけばいいものを……」
「ぶーぶー。キャッチーじゃないと意味ないですよー」
他に誰も来ていない。すぐに動く必要もないだろう。だから十路はダルそうに、唇と突き出すナージャを無視して、椅子を引き出して座る。
するとナージャが背後から、脱力して体重を預けてきた。十路の頭に顎を乗せて、惜しげなく胸の感触温を背中へ押し付けてくる。ついでに彼女がいつも漂わせているバニラの香りが、ほのかに鼻をくすぐる。
「……」
「…………」
「………………」
「……………………」
家庭科室は、普段使う校舎とは建物から違うため、放課後の喧騒が遠くから聞こえる。
空調が効いている中では、三六度という温度も大して気にならない。そのまま静かに体温を交換する。
「……なにかリアクションないんですか?」
沈黙に耐え切れなかったらしく、ナージャから口を開いた。
彼女が胸を押し付けて、十路がうざったく払いのけるのだが、常なのだが。
「興奮してきたから、胸揉んでいいか?」
今日の十路は反応を変え、平坦な言葉をかけてみた。
すると、ナージャは一瞬で背中から離れた。彼女の長い髪が遅れて動作し、しなって叩く勢いで。
振り返ると、彼女は腕で胸をかばって、五メートルほど後ずさっていた。
「嫌がるなら最初から押し付けるなよ……なにがやりたいんだ?」
本当に揉もうなど考えていない。そもそも興奮もしていない。
彼女が異性として魅力的であるのは否定しないが、十路はそういう対象だと思っていない。
それがナージャにとっては腹立たしいのか知らないが、やや不満そうにため息をついた。
「普通、男の子なら、うろたえたりするもんじゃないんですかねー……」
「あいにく俺は普通とは言いがたいんでな」
「え!? じゃあどんな変態行為を強要する気ですか!?」
「お前、どうしても俺を歪めたいようだな……」
「だって知りたいのに、十路くん、そういう変態特殊性癖を見せないですし~」
「俺が変態なのは決定かよ」
友達以上、恋人未満。
よく一緒にいて、バカな話をしていられるし、あまり社交的とは言いがたい十路にとっては、少々ずうずうしいくらいでバランスが取れる相手。
けれども相手を深く知りたいと思わず、キスを交わしたいという願望も生まれない。
『彼氏』『彼女』というレッテルを貼ることなく、無責任でいられて都合のいい、ある意味では清いが、ある意味では汚いとも言える。
傍目にはそう見える関係であろうし、十路もそうだと思っている。
ただし実際のところは不明だが。そう呼ばれる関係は大抵、片方が本気である場合が多い。
「こーんな格好してるのに無反応って、ちょーっと傷つきますよ? だったらなにかあるのかって思うじゃないですか」
ナージャが膝丈のスカートを掴んで揺らして非難を伝えてくる。しかしそんなに大きな動作ではないので、残念ながら見ていて嬉しい動作ではない。
「露出度が中途半端だ。俺にリアクションしろってなら、徹底的に高くするか低くしろ」
もっとも太腿の付け根付近の危ういところまでずり上げても、十路が反応するのか不明だが、ともかく机で頬杖を突いて、その気のない口調で返す。
「……露出度を高くする服はともかく、低くする服ってなんですか?」
「本命・和装。対抗・全身タイツ。単穴・ライダースーツ。大穴・迷彩服」
「全身タイツが理解できません……」
「ボディライン丸見えの上に、顔がわからないんだぞ。スタイルいい人が着たら、想像力をかき立てられて意外とエロいと思う」
「十路くん……やっぱりちょっと変態ですよ」
「少なくとも防火服フェチとか宇宙服フェチよりはノーマルだと思う」
「いるんですか、そんな人?」
「世界は広いぞ?」
そんなフェティシズムの持ち主に会ったことはないが、七〇億人もいれば、趣味嗜好も様々だろう。そもそも『フェティシズム』という言葉の応用範囲は広い。心理学だけでなく人類学・宗教学・民俗学・経済学まで及ぶ。それに心理学的な性的倒錯だけを取ってみても、対象が人物・年齢・物体・状況ととてつもなく広い。胸部性愛・臀部性愛と男なら女性に思わず見てしまう場合もフェティシズムとなる。異性を恋愛対象と見なすごく普通のことも、広義の意味ではフェティシズムとなるのだ。
さすがに一般的な意味で使われるフェティシオズムは、十路は持っていないと自分は思っているのだが、ナージャはなにやら考えて言葉を選んでから口を開いた。
「……わたしが全身タイツ着たら、どういうリアクションしてくれるんですか?」
「指差して爆笑するに決まってるだろ」
「……もしかしてわたし、からかわれてます?」
「ようやくわかったか」
頬杖を突いたまま唇の端を黒く吊り上げると、ナージャの動きが止まった。
だが、それとなく左手を隠し、動かしたのがわかった。
「ていっ」
そして唐突に、ポケットから飴玉を出し、早撃ちで指弾で飛ばしてきた。
彼女はよく口に飴玉を放り込んでくるため、油断していると喉が詰まって悶絶することになる。
しかし今は油断していない。十路は難なく空中で受け止めた。
「甘いな」
「むぅ~……」
セロファン紙を加えて引っ張り、飴玉を口に放り込むと、ナージャがむくれる。
顔立ちは欧風のそれ、女性にしては身丈もそこそこあり、シルエットは完成されたグラマラス体形。
化粧を整えれば見た目には充分大人で通用するのに、時折彼女は不相応に思えるほどの子供っぽく見える仕草をする。