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概略説明という名のボツ原稿供養 コゼット編

 少女は見惚れた。


 道端で男に声をかけられた時には、不審には思わなかった。

 だが、サングラスで面体を隠した男が、道端に停めたミニバンに連れ込もうと少女の腕を掴まれた時、同時に危険を感じた。

 誘拐だとは感じなかった。それよりもまず事態が掴めない混乱が先に立った。


 時刻はまだ昼下がりと言える時間、人通りは多くはないが、ゼロではない。

 意外にも誘拐や連れ去りは、人目のある場所でも行われることが少なくない。データ上は午後二時から午後五時、道路上で誘拐が一番多いとされている。

 そしてファミリーカーやミニバンのようなワンボックスカーは、街中にありふれていて怪しまれることはない。誰かに目撃されたとしても、周囲の人々に止められることはない。横開きの扉を持つために、人を押し込みドアを開けたままでも走り出せるため、一瞬にして連れ去ってしまえるのだ。監視カメラに映像が残らず、車が盗難車であれば、証拠が残らない。

 対策マニュアルに載る例のような方法で、少女は連れ去られようとしていた。

 悲鳴を上げようとしたが、口をふさがれた。男の手の平で下顎を覆うようにふさがれたため、口を開くこともできない。少女の体格では、男の力に(あらが)えることはできない。

 そうなれば、突然のことでパニックになっている少女は、成すすべなく車に詰め込まれてしまう。


「白昼堂々、なにやってやがりますの?」


 だが、涼やかな声が響いた。続いてなにかが車体に激突する音が響き、束縛する力がなくなる。

 少女が振り返ると、サングラスが割れて鼻血を流す男が、ミニバンに背中を預けていた。

 そして反対側――先ほどまでいなかった人物に目を向ける。


 日本人ではなかった。

 黄金を糸にして編みこんだような、見事な波打つ金髪。カラーコンタクトなどの色彩とは異なる、澄んだ青い瞳。抜けたような色でありながら、不健康さは感じられない白磁の肌。

 海外からの観光客など昨今では珍しくないが、少女が直接触れ合う関係内には存在しなかった人物像だ。


 美人だった。

 ヨーロッパ人をアジア人と比較した際の早熟さは、顔立ちからは不思議と感じない。

 そしてパーツの並びが黄金比であるだけではない。額の広さ、目と鼻と口の大きさ、唇の厚みをとってみても、全てが完璧と呼んでいいサイズだった。 

 今は事態が事態であるため、整った白い(かお)は険しく、どこか憂鬱そうだ。しかしそんな表情でも、彼女の美貌を損なわせることはない。


 場違いだった。

 女性らしく隆起している体は、地味なブラウンのスーツで覆われている。見た目だけなら『日本にやって来た外国企業の美人キャリアウーマン』で通用する。きっとそれで男の顔面をはたいたため、赤いものが付着したアタッシェケースも提げている。

 なのにビジネスバッグなどではなく、主婦向け雑誌のオマケのような安っぽいトートバッグを肩にかけているのが、印象を覆してくれる。

 そして雰囲気が違った。近づきがたいが嫌悪はなく、むしろ人を惹きつける力を伴っている、不思議な空気を放っている。


 男よりも女性の方が度胸があるなどとも言われるが、街中で誘拐事件を見かけたとしても、犯人と思われる男を殴り飛ばせる女性などまずいない。そもそも誘拐事件と認識するよりまず、知り合い同士で少々強引な手段を使ってると、『無意識に正当化』してしまうのが一般人だ。咄嗟に手が動いたとしても、むしろ自分の行為に驚いて固まる。

 だが、その外国人女性は明らかに違った。暴力的手段を用いたことに躊躇も嫌悪も後悔もなく、アイスブルーの視線を投げかけて男の動きを注視しながら、少女の二の腕を引き寄せて次の事態に備える。

 非常時慣れしていた。


「今更ですけど、この方はお知り合い?」


 誰が、誰に放った言葉なのか、数瞬わからなかった。

 しかし振り返って青い視線が自身に向けられたことで、見た目完璧外国人な女性の日本語が、自分に向けられたのだと遅れて少女は理解した。


「い、いいいいいいえ!?」


 言葉はスムーズに出なかった。この異常事態によるものではなく、その女性に見られて竦んだからだった。

 そんな少女の反応に構わず、女性は向き直る。張り倒された男は鼻血を手で拭いつつ、怒りに燃える目で体勢を立て直した。更にはミニバンの運転席から、もうひとり男が慌てた様子で出てきた。


「事態はわかってねーですけど、ナンパにしては強引ですし――」


 新たに出てきた男が武器を構えたのを目にし、女性は青い瞳を細める。

 少女には、取り出された物がわからなかった。そのスイッチが入れられ紫電を散らせば理解できるだろうが、普通の女子高生ではわからない。

 それでも、敵意を剥き出したことは、わかる。


「ちょっと暴れなきゃなりません?」


 だが外国人女性は、むしろ笑った。

 その笑顔は、獅子を思わせる獰猛なものだった。



 △▼△▼△▼△▼



 別の日の放課後。


「はぁぁぁぁ……」


 コゼット・ドゥ=シャロンジェは重いため息と共に、修交館学院にある《魔法使い(ソーサラー)》の部活動・総合生活支援部の部室にやって来た。

 中高生ばかりの他の部員たちとは違い、大学生の彼女は私服で、今日はノースリーブのブラウスにフレアスカートという格好で。

 そしてテキストとノートパソコンの入ったトートバッグ、《魔法使いの杖(アビスツール)》の入ったアタッシェケースの他に、なぜかデパートの紙袋を提げて。


「はい……」

「なんです? これ?」


 その紙袋をぶっきらぼうに木次(きすき)樹里(じゅり)へと差し出して、コゼットはソファに体を投げ出して説明を始めた。


「部活とは無関係ですけど、以前わたくしが助けた方が、さっきお礼に見えましてね……ンなのいらないっつったのに、無理矢理押し付けてったのですわ」

「なにやったんですか?」

「こないだ用事で街に出た時に、たまたま女の子を助けましたのよ」


 (つつみ)十路(とおじ)を相手に、コゼットが説明をしているのを他所に、樹里が中身の箱を取り出して包装紙を破いた。


「モロゾフのお菓子ですね」


 神戸の有名洋菓子ブランドの、プリンやシャーベットが詰まった、夏には嬉しいギフトセットだった。

 高級店ではあるが、今は全国のデパートに支店があり、関西圏在住のお宅ならば、ここのプリンの空き容器が必ずあるとも言われる。神戸市内における贈答用品としては一般的だろう。

 しかし、道案内や財布を拾っただけでは、大仰だ。

 十路も、そして樹里も同じように疑問を抱いたのだろう。


「わたくしも知ったばかりですけど、ちょっと大げさになりましたのよ……」


 そして二人の表情から、コゼットも察したのだろう。彼女は波打つ金髪の一房を指に巻きながら説明する。


「人通りのある道端でしたし、最初見た時は、強引なナンパか痴話ゲンカかと思ったんですけどね?」


 その段階で普通ではないと、十路は思ってしまう。自分だったら巻き込まれたくないから声はかけないし、多くの人も関わりを恐れて同様であろう。


「そしたらもう一人出て来て、他の人間には見えないよう、スタンガンをチラつかせやがりましてね? だから笑顔でブチのめして、隙見て逃げ出して、連中は誰かが呼んだ警察に逮捕されたらしいですわ」

「《魔法》使ったんですか?」

「使ってねーですわよ。堤さんたちほど実用じゃねーにしろ、こんな危ない部活に所属してるんですから、多少は護身術やってるっつーの。武器持ってる男相手でも、不意をついてアタッシェケースで顔面はり飛ばして逃げる程度は」

「知ってます? それは日本語で護身術って言うより、凶器攻撃って言うんですよ?」


 十路はため息をつく。

 見た目は金髪碧眼(へきがん)白皙(はくせき)、やや()り目がちではあるが、高貴さを(うかが)わせる美貌。しかも各種書類に記されている彼女の実家と保証人は、西欧小国の公宮殿と公王夫婦。

 コゼットは、二一世紀に存在する本物の王女なのだ。社会的にはもちろん肉体的(みため)も、絵に描いたような特徴を兼ね備えている。

 ただし精神的にはほど遠い。

 やって良いこと悪いことの分別しているが、()らなければならない時には躊躇ない。しかも流暢ではあるが、お世辞にも綺麗とは言えない日本語を、しかめっ面で険のある声音で吐くのだから、一昔前のヤンキーじみてて普通はお近づきになりたくはない人物だろう。

 しかし限られた面々以外には、猫をかぶって地の性格を隠している。

 殴られた男たちも、さぞかし面食らっただろうと十路は思う。どこかのお嬢様と見まがうような外国人の美女に、凶器攻撃をくらって御用されたのだから。自業自得だから同情はしないが、その心境だけは理解する。


「で、今日聞いたところによると、その子の親、ある企業の社長なんですわ。解雇(クビ)にされた社員が、腹いせと身代金目的に誘拐されそうになったってのが、事の真相だそうですわよ」

「あぁ、なるほど」

「名乗ってねーのに、どーやら警察からわたくしのことを聞いたらしくで……別に礼なんぞいいつったのに、親と一緒に来るから、こっちも断れませんでしたわ」


 コゼットは金髪頭をガリガリとかき、憂鬱そうにため息をついて話をしめくくる。

 すると樹里が紙袋の中から、新たな包みを差し出した。


「や~。誘拐事件を未然に防いでもらったんですから、先方もお礼は当然だって考えるんじゃないですか? それにもうひとつ、プレゼントがありましたし」


 きっと親が用意しだのであろう、菓子のギフトセットとは異なり、慣れない者が精一杯の気持ちを込めたと窺える、丁寧ながらも少し崩れた包装が行われていた。しかも縛られたリボンには、手紙らしきものが挟まれている。


「『お姉様へ』ですか」


 手紙の外に書かれた言葉を十路が読むと、コゼットは更に顔をしかめた。


「それが嫌だった理由なんですけど……助けた子に、妙にキラキラした目で見られましたし」

「話の様子じゃ、地の性格を丸出しで誘拐犯ブチのめしたみたいですけど?」

「プリンセス・モードのままブチのめせるかっつーの。それにその子、海星高校の制服を着てましたし、修交館学院(ウチ)の学生じゃねーなら『まいっか』と」


 この場合、近畿圏ではお嬢様学校として知られている、神戸海星女子学院高等学校のことであり、海星をヒトデと読んではならない。十路はどちらかと言うと関東圏の人間、コゼットに至っては完全に海外だが、共通認識はできている。


「ちょっといいトコのお嬢様みたいですから、チョイ悪に憧れるお年頃なんですかね?」

「しかも今日は親がいたから、猫かぶって応対しましたからね……それでどーも、わたくしの二面性を、変な認識されたような気が……」

「『私だけが知っている本当のお姉様』みたいな?」

「みたいな。この部室に入り浸る連中は全員知ってるっつーの」


 そして樹里が差し出したままだった、包装されたプレゼントを受け取り、コゼットは手紙を抜き取って開いた。


「えー……『初めてお見かけした時、なんて素敵な人なのだろうと息を呑みました。これが恋心なのか、自分でもよくわかりません。しかしあの日以来、私の心には、貴女様のお姿が焼き付いて離れません。そして貴女様を想う度に、胸が切なくなるのです。私のこの気持ち、確かめさせて頂けないでしょうか? 今週末の土曜日、三ノ宮駅前でお待ちしています』」

「偏見だとはわかってるんですが、お嬢様学校の学生らしいですね……」


 当人の知らぬところとは言え、ラブレターの朗読という鬼畜行為をナチュラルに終えたコゼットに、十路は問う。


「で、どうするんですか?」

「面倒なことになりましたわねぇ……」


 当人はダルそうにこぼすが、十路としては、この手紙の持ち主の気持ちは、わからないでもない。

 コゼットはなんだかんだ言いつつも、面倒見がよく責任感も強い。

 猫をかぶっている時なら、男女分け隔てなく敬意を集める『絵に書いた王女様』だが、地の性格ならば『姐御』と呼ばれても不思議ない、同性とスジの違う男からモテるタイプだ。


「別にお茶する程度なら、構やーしねーんですけど……」


 だから姐御様(コゼット)は『断る』という選択肢を考慮外として悩んでいた。

 その選択肢自体が、あまり広い人付き合いをしない十路にとっては考慮外のために、冷淡に問い返す。


「一度限りのお茶ですまなかったら、どうするんですか?」

「それなんですわよね……」

「部長だったらプリンセス・スマイルで、パパッと後腐れなく断るんじゃないかと思ってるんですけど?」

「女からデートのお誘いなんて未経験ですし、備えなんてあるかっつーの。つーかわたくし、生まれてこの方モテた経験ねーですからね? 男にも女にも」

「まぁ確かに……王女様なんてカンバン背負っていたら、動物園のパンダ状態にはなっても、お近づきになろうとする勇者は少ないでしょうね」

「しかも《魔法使い(ソーサラー)》ですわよ? モテるかっつーの」


 史上最強の生体万能戦略兵器《魔法使い(ソーサラー)》は、一般人からは恐れられるのが普通だ。修交館学院は特殊であるため忘れがちではあるが、その認識はコゼットも十路も忘れてはいない。


「まぁ、その気がないならハッキリ言ってしまうことですね。今日どんな話をしたのか知らないですから、どこまで話すかは部長次第ですけど」


 だから自分が《魔法使い(ソーサラー)》だと明かすのも、後腐れなく断る方法のひとつだと、十路は言っておく。

 すると膝で頬杖をしていたコゼットは、顔の位置を変えずに、上目遣いの視線を送る。


「……無難なのは、彼氏がいるとか、好きな男がいるとか言って、付き合う気もそのケないっつって断る方法ですけど」

「そこはご自由に。なんでここで俺を見てくるのか、理解できないですけど」

「わたくしの周りで一番身近な男ってったら、堤さんですもの」

「俺を巻き込まないでください。その方法で断るなら、別の男にでも頼んでください」

「冷たいですわねぇ……」

「いつも言ってるでしょう? 俺はトラブルが嫌いなんです」


 冷たい言葉にコゼットは小さくむくれ、十路は無視するかのように、やる気なさげに首筋をかく。


「そういえばコレ、なんですか?」


 少し刺々しくなった空気を変えるように、樹里がテーブルに乗った、まだ包装の解かれていないプレゼントを指し示す。


「誘拐阻止の礼は菓子折りで済んだとして、それ以上の頂き物はしたくねーんですけどね……なんか妙な慕われ方してますし――」


 コゼットがしゃべりながら手早くリボンを解き、包装を解いて箱を開いて。

 固まった。

 コゼットだけでなく、同じく箱を覗き込んだ樹里と十路も。高校生と大学生にもなれば、それがなにか理解できるだろう。緩衝材に半ば埋もれ、鳥の雛のように守られていたのは、大人のおもちゃだった。男ならば毎日見ている形状に整えた一品だった。プレゼントらしくリボンで装飾されても、色が乙女色(ピンク)だとしても、禍々(まがまが)しく雄々しいブツだった。

 十路は手を伸ばしてスイッチを入れてみる。既に電池が入っていたソレは、うぃんうぃんと間の抜けたモーター音を唸らせてくねる。


「「…………………………………………」」


 そして半屋内の部室に、不気味な沈黙が流れた。


「……よし」


 スイッチを切ったブツを箱に戻して、十路はおもむろに立ち上がる。


「ふぇ? 堤先輩? どちらに?」


 十路は部室を出て行こうと荷物をまとめながら、樹里の疑問に答えた。


「同性愛を否定する気はないけど、俺には理解できない領域だから、遠くから部長の幸せを祈ることにしようかと……」

「変な風に空気読むんじぇねぇっつーの! わたくしだってノーマルですわよ!! だから逃げんな!! いやお願いですから見捨てないで!!」


 コゼットは後ろから十路のベルトを掴んで、逃走を阻止した。


「あの子真性(ガチ)じゃねーですの!? 『恋心なのかわかりません』とか言いつつ()る気マンマンじゃねーですの!?」


 半泣きで縋りつく(さま)に、彼女の必死さ加減が表れている。

 だから十路も、幾分口元を引きつらせる。


「これは……無視(シカト)してデートのお誘いに乗らないという選択肢は、危険そうですね?」

「ぜってー尾を引きますわ! だからキッパリ断らないと! だから土曜日には堤さんも一緒に来て!!」

「俺が部長の彼氏とか誤解させたら、今後俺にトラブルが降るかかる気がするんですけど……」

「堤さんならなんとかできるでしょ!? カミソリレターが届こうと闇討ちされようと殺し屋(ヒットマン)に襲われようと小包爆弾が届こうと!」

「普通に死にますよ……」

「そこまで危機的状況じゃねーんですからどうにかできるでしょう!?」

「いやぁ……犬に噛まれたと思うか、何事も経験かと思うかの二択くらいしか」

「ンなことで貞操を捧げる気ないですわよ!?」

「え? 部長って貞操残って――おぶ!?」

「悪かったですわねぇ!? 二〇歳(はたち)になっても男性経験ないですわよ!! キスだってしたことないですわ!!」


 とっさの激情とはある意味裏腹に、純情なコゼットは涙目になって、殴られた鼻を押さえてうずくまる十路にカミングアウトする。


「とにかく来て! 理由はなんでもいいから! わたくしを守ってくださいな!」

「あは、あはは……」


 いつの間にかソファから場を移し、十路の襟首を掴んで揺すぶるコゼットに、樹里は引きつった愛想笑いで感情を誤魔化すしかない。


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