使い途のなさそうな日常の一幕編 彼女たちの初対面
「ア゛? ンだとコラ? もう一度言ってみやがれクソAI」
総合生活支援部部長、コゼット・ドゥ=シャロンジェ。
【頭だけでなく、耳まで悪いんですか?】
総合生活支援部備品、《使い魔》《Bargest》統括AIイクセス。
【あなたは非効率なんですよ。これだから人間は……生体コンピュータを持つ《魔法使い》といえど、その程度ですか】
「アナログ脳はあなたもでしょう。中途半端なデジタル家電が」
このふたりというか、一人と一台は、あまり仲がよろしくない。
普段彼女たちそれぞれは、そこまで辛辣ではない。いや、キツイと言えばキツイが、コゼットは大学生活では王女の仮面をつけて過ごし、イクセスはただのオートバイとして黙っているから、発揮される場面はない。
しかし部室で、遠慮がなくなる状況になると、他の部員にも使わない言葉を投げかけあう。
そんな光景は、支援部員たちにとって、いつものことだから、大して気に留めない。物理的なぶつかり合いはなく、口ゲンカ程度なので、放置して自分たちがやることを各々やる。
しかしこの日は少し異なった。
「部長さんとイクセスさんって、なんでお互いケンカ腰なんですか? わたしが知ってる限り、ずっとこんな感じだった気がするんですけど」
部員としては一番の新米となるナージャ・クニッペルが、ソファーを逆に座り、背もたれに顎を乗せて、言及した。常はポヤポヤした空気をまとう彼女が、そうやってだらけていると、完全にネコの趣がある。
吼え合う獅子と魔犬の間に、平然と割って入るのだから、彼女の気質もネコ科猛獣なのだが。
「クソAIとは最初からこんな感じですわよ」
【まぁ、そうですね。最初から気に食わない女です】
言葉は辛辣なままだが、幾分語気を弱めて、ふたりはナージャに振り返る。物理的にふり返ったのはコゼットだけで、イクセスは機体後部の小型カメラを、モーター音を発して視点移動しただけだが。
「最初っていうと、五月の、体育祭の時ですか?」
「正確には、その翌日ですわ」
【体育祭のことは知りませんが、私という人格が起動したのが、その日の夜です。なのでコゼットと『初対面』と呼べる会話をしたのは、翌日になります】
一人と一台が前置きし、なにがあったかお互いを補足するように語り始めた。
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体育祭の日に、支援部には『部活動』が発生した。
だから神戸がある兵庫県の隣・京都で、ひっそり人為的大災害が発生した。
翌日、その復旧に、コゼットは派遣された。
それが彼女たちの初対面となった。
(あっれぇ~……?)
コゼットが請け負った仕事は、ふたつ。
ひとつは勿論、破壊された設備の復旧だ。ただし資材がないことにはどうしようもない。急ピッチでダンプカーやトラックが桂川沿いを往復し、資材を運んで置いていくのだが、どうしても限界はある。
破壊された橋梁の橋脚を、一本ずつ立ててはいたが、必要資材が集まるのに時間がかかるため、コゼットは割と暇していた。
その間に、請け負った仕事のもうひとつを片付けた。
前日、支援部には《使い魔》が配備された。部長たるコゼットも知らない間に。
その大破壊が行われた戦闘の際にも、使われたらしいのだが、訳あって桂川の土手に乗り捨てられたため、その回収も頼まれた。
《使い魔》はただの電動バイクではない。法的な定義では怪しいが、兵器としての能力を発揮する戦闘車輌だ。放置するには危険すぎる。
(これ? 配備された自動二輪車型《使い魔》って、白かったはずですけど?)
機体の発見は難しくなかった。土手に無造作に駐車されていたのだから。
だが見た目が大きく異なるため、コゼットは首を傾げた。
まだイクセスが起動していない、テストモード時には、彼女も《バーゲスト》に乗った。その時とはカラーリングが全く異なり、黒と赤に染まっていた。
これが駅前なら可能性がなくもないが、まさか大型オートバイが、観光都市・京都の土手に何台も転がっていないだろう。しかし単なる色違いだと判別できるほど、オートバイについて彼女は詳しくない。
取り違いの可能性を考えながらも、コゼットは事前に顧問から教えられたとおりに操作すると、ディスプレイに光が点り、システムが再起動した。
【……ひぐ……ひぐっ……切らないで……電源切らないで……】
「…………」
そして、擬装されたスピーカーから洩れる、すすり泣きに引いた。
オートバイが泣く。言葉だけ見れば、バイカーなりの比喩表現か、怪談だ。
「なんか、おとりこみ中に失礼しますけど……必要最低限の確認だけしておきたいんですけど。貴女、支援部の《使い魔》?」
《魔法使い》と円滑に作戦行動を行うため、《使い魔》に搭載されているコミュニケーションソフト。その存在は知っていたが、泣くほどの感情表現を備えたものなのかと、コゼットは驚いた。
ちなみにこれは、《バーゲスト》が特殊であって、多くの《使い魔》はここまで人間臭いわけではない。もっと機械的・事務的・前時代的だ。
【あなたは……あぁ。総合生活支援部の代表ですか】
主以外の関わる人間の、ある程度のデータは入力されているのか。AIが参照する間を応じて、あと涙を拭ったように声音が普通のものにして、言外に疑問に回答した。
【…………】
「…………」
そして会話が止まる。
イクセスはきっと、様子を見ていたのだろう。主以外の人間がシステムを起動した理由は、その時の彼女に察することはできない。その説明を求める意味でも沈黙を守っていた。
コゼットはというと。
(バイクとなに話せと? つーかわたくし、端から見ると頭ヤバい人じゃありません?)
己を客観視し、オートバイとの会話を拒否していた。
しかし黙っていても、なにも事態は変わらない。
「あー……とりあえず、わたくしに求められている仕事は、あなたを神戸に持って帰ることなんですけど」
【今すぐですか?】
「いえ。他の仕事がありますから、早くても昼過ぎになると思いますわ」
【そうですか】
「…………」
【…………】
しかしまた、話が途切れる。
(いやだから、バイクとなに話せっつーんですわよ?)
外見的にも精神的にも共通項が全く存在しない、会話するにはあまりにも異形すぎる相手に、戸惑っていた。
とりあえずペットボトルの紅茶で唇を湿らせてみたが、なにも変わらない。
【こんな形をした私とは、会話がしにくいですか?】
だから察したイクセスの側から話題を振った。
【今更では? 一緒に同衾しているルドルフくんや、ドレッサーのマーチくんに話しかけてるのに】
「ぶふぅっ!?」
コゼットはレモンティーを噴き出した。若干鼻からも。近くに誰もいないから、王女の仮面を裏切る真似に歯止めがかからない。
「げほっ……なんで知ってんですわよ……!?」
【『なんで』と言われても、誰かにデータを入力されているだけで、理由は私自身も知りません】
ちなみにその名前は、コゼットの自室に置かれたヌイグルミの中でも、特にお気に入りのものだった。
ルドルフくんは、彼女の人生を、下手すると家族よりも一緒近くにいたナイスガイだ。デカいイルカのヌイグルミだから、抱き枕やクッションに丁度いいという理由が最も大きいだろうが。しかしまだ彼女が検査で《魔法使い》であると知られていなかった頃、家族で水族館を訪れた折に贈られた、ヌイグルミよりも小さく幼かった頃からの付き合いなのだ。幾度もの補修や綿の詰め替えを行って尚、彼女を見守り続けた男の中の男なのだ。寝ている間に締め上げられても、ヨダレだらけにされても、文句のひとつも言わない漢なのだ。色はピンクだが、メスなのではなく、アマゾンカワイルカの雄に違いない。
鏡台に置かれているマーチくんもタフガイだ。手の平サイズのテディベアなのだが、なにかの折によく転げ落ちる。化粧水の瓶を取ろうとした時に落ちる。ドライヤーのコードに引っかかって落ちる。引き出しを閉めた振動で落ちる。そして拾い上げる際、悪態をつかれるだけでなく、多少握り潰される。そんな女の苛立ちなど可愛いものさと涼しい微笑みを投げかけ続ける、並みの男では真似できない益荒男なのだ。だから彼女は幾度となく自由への挑戦を行う、アグレッシブでワガママな彼を、別の場所にどけようとしない。
ただでさえコゼットの部屋は、人形・ヌイグルミが多い。それだけでも幼稚な自覚もあり、他人から指摘されれば。
「その情報を今後誰かにバラしたら、あなたを分解しますからね!?」
『完璧な王女』を損なうだけではなく、プライベートな彼女の恥部でもある。頬に朱が差しているのを自覚しながら、オートバイを脅した。
《付与術士》と呼ばれる技術者だとしても、《使い魔》というものをコゼットは詳しくは知らない。配備数の少ない珍しい存在である上に、軍属であったことがないため、触れたことが一切ない。
ただ、《バーゲスト》が普通ではないことは、人工知能が高性能すぎると、なんとなく感じた。
人間の、口の減らない女性と思って接するべきだと。
【……まぁ、いいですけど】
そんなコゼットの考えなど関係なく、いくら普通の《使い魔》ではないとはいえ、テレパシーなど使えないのでわかるはずもない。顔があったら『この女なに言ってんの?』的半眼を向けていそうな声で、イクセスは秘密の厳守をぞんざいに約束した。
【それで、こんな土手っ腹に突っ立ってていいんですか?】
「あ゛ー……とりあえず作業場まで持ってくしかねーですわね――」
と、そこで、スマートフォンが鳴った。
コゼットは自然な動作でポケットから取り出し、電話に出た。
ごく自然に、プリンセス・モードをONにして。
「はい。あ、監督……次の資材が届きました? えぇ。先ほどと同じように積み上げておいてください。もちろん作業員の皆様の安全が第一ですけど、こちらとしては乱雑でも問題ありません。それと、簡易的ですが、休憩所を作りましたので、活用なさってください。クーラーボックスに飲み物も入れてありますので……いえいえ。このような、かつてない急ピッチの仕事を引き受けてくださった皆さまに比べれば、わたくしができることなど、本当に些細なことです……今夜? お酒ですか? ふふっ。お誘いは嬉しいですが、この復旧が終わらないことには、なんともお返事できませんね」
穏やかな王女の微笑を浮かべ、鈴の音で妙に世慣れしたような通話を終えて。
【……気色の悪いキャラ】
「ア゛? 唐突になに言うかと思えば。蹴り倒すぞコラ?」
初めて彼女の二面性を見た時の、主のひとりとほぼ同じ反応が《使い魔》からあったため、王女の仮面をひっぺがした。
そして提げていたアタッシェケースから、装飾杖を取り出し、ビークル操作術式《アンチモンの凱旋戦車/Currum triumphalem Antimonii》を実行した。
【キモ! なにこの体をいじくられる感触!? 気持ち悪っ!?】
「大人しくしろっつーの。バイクの運転なんてできねーですもの」
【そんなのこっちで勝手に動きますよ!】
駆動系を操作しようと、機体に宿った《魔法》に、イクセスは反射的に抗っただけだろう。人間にはその感覚は理解できないが、手綱を引けばどんな馬でも大人しくいうことを聞くわけではないのだから、おおよその予想はできる。
だから、事故だ。
【あ……!】
過度にアクチュエータ出力を上げようとした状態で暴れたため、《バーゲスト》が半回転し、コゼットのすぐ側でアクセルターンを決めてしまったのは。
「…………へぇ?」
コゼットは冷静で余裕はあったから、地面を操って柱を作り、オートバイの回し蹴りを受け止めることができた。
だが間に合っていなかったら、五体満足でいられたかわからない。交通事故で撥ねられるのと大差なかったのだから。
勢い余ってのこととはいえ、さすがにマズイと思ったかのように、オートバイは距離をゆっくりと広げた。
コゼットはというと、ゆっくりと上げた杖の石突きを、土手に叩きつけた。
【危な……!?】
《魔法回路》の発生で予兆を察し、タイヤの空気圧を操って飛びのいた一瞬の後に、石槍の群れが生えた。
明らかにコゼットは、《バーゲスト》を攻撃した。
「そこのクソAI」
【なんですか。短絡《魔法使い》】
敵意を隠そうともしない険悪な声が双方から発せられた。土手に風が吹き抜けた。
「やるかコラァァァァッ!?」
【やったろうじゃないですか!!】
こうして白昼の桂川で、人智を超えた喧嘩が起こったそうな。
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「どんなに面倒だったとしても、あん時スクラップにして、わたくしが作り直すべきだったかと思う時がありますわ」
【コゼットが主ではなく、心底ホッとしています。こんな女に乗られるなんて、冗談ではありません】
ひと通りの話が終わっても、獅子と魔犬はグルグル威嚇しあうのをやめない。
そんな彼女たちについて、ナージャは感想をまとめる。浮かべたネコ科の笑顔からすると、きっと自覚してズレた回答をしている。
「ケンカできる仲っていいですよね~」
【「ア゛?」】
客観的に見れば、オートバイと人間が口論することに疑問を覚えていない時点で、相当なシンパシーがあるとも言える。




