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あまりにアレで概略説明になっていないボツ原稿供養:ヒートテンション

 セミの鳴き声が甲高く響く、総合生活支援部の、夏休みのある一日。


「あぢぃ~……」


 (つつみ)南十星(なとせ)は潰したダンボールの上で大股を広げ、扇風機の前に陣取り、緑青(ろくしょう)色のコードタイを外して首元から空気を入れる。普段は膝丈レギンスをはいているのだが今はなく、ジャンパースカートもまくって外気に触れさせている。


「暑いですねぇ……」


 ナージャ・クニッペルはOAチェアに座り、どこかから持ってきた金タライに水を張り、奥で蛍光色がチラチラ見えてしまうほどスカートをまくりあげて、病的なまでに白い素足を浸けている。夏場でも着ているトレードマークのカーディガンもさすがに脱ぎ、豊かな胸元が押し上げるブラウスもボタンを緩め、団扇(うちわ)で空気を入れている。


「オーストラリアって、冬真っ最中なんだよねぇ~……涼しい時期に暑い日本に帰ってきたから、よけーに(こた)える……」

「温度だけならロシアもこれくらいですけど、日本の夏は厳しいですよぉ……」


 総合生活支援部の部室で、帰国子女と留学生は完全にだらけていた。


「あのー……いくらなんでもその恰好は」


 汗をかきながらも、高等部推奨学生服をちゃんと着ている木次(きすき)樹里(じゅり)は、あられもない二人の姿に、困ったように愛想笑いを浮かべた。


「いーじゃんいーじゃん……兄貴は用事でバイクに乗って出て、和っちセンパイは剣道部にレンコーされて、オトコの目ぇないんだしさぁ~……」


 後ろ手を突く南十星は、だらけた顔で振り返る。

 彼女はいつも自然体で気取ったところがなく、それでいて天真爛漫(てんしんらんまん)な魅力を発揮している。だが可愛いと綺麗さと幼さが同居した顔立ちを、こんな風に脱力させているのは、さすがに如何(いかん)ともしがたい。


「ここは学校の隅っこですしねぇ~……支援部の依頼ってメール予約みたいな感じですしぃ~。用がなければ来る人なんていませんしぃ~。今日は誰か来る予定ないみたいですしぃ~」


 冷凍バナナのラップを外しながら、ナージャも締まりのない顔で振り返る。

 配置や部品の大きさからすると、決して美人という顔立ちではないが、長い白金髪(プラチナブロンド)と紫の瞳で神秘性が増す不思議な顔立ち。いつもホンワカした緩い笑顔を浮かべているが、融解した雪だるまみたいな態度は如何(いかん)ともしがたい。


 本物の美人は、他人の目を気にしない。誰かの真似や比較をせず、自分の現状を確かめて磨く努力をする。

 とはいえ、しかも女三人だけだからとはいえ、男が見たら幻滅するだらしなさをモロ出しするのはどうかと樹里は思う。

 

 忠告を聞き流す二人に、仕方ないと樹里は小さく息をついて諦めた。

 確かに暑い。年間を通じて気候が安定した瀬戸内海式気候、政令指定都市とはいえ海も山も近い神戸であり、この学校は山中にあるが、夏は暑いものに変わりない。

 しかも彼女たちがいるのは半屋内のガレージハウス。日陰の分まだマシではあるが、元々居住性を考えていない建物のため、空気の通りもさほどいいとは言えず、エアコンもない。ゴミ置き場から拾ってきて、理工学科在籍の部長が修理した扇風機が活躍しても、限界がある。

 樹里だって暑い。日陰に入っても汗がにじむ。ソファの合成皮がなんだか気持ち悪く感じる。本音を言えば、二人のようにだらけたいが、外では羞恥心が勝るだけのこと。


「ナトセさーん……《魔法》で氷作れないんですか~?」


 ナージャがそう言って、皮をむいて割り箸を突き刺して凍らせたバナナをしゃぶる。飴やらなにやら菓子をいつも携帯している彼女だが、やはりこの暑さでは溶けるのか、最近は支援部の備品である冷蔵庫に色々と持ち込んでいる。


「できなくもないけど、あたしの《躯砲(クホウ)》じゃ、腕ごと凍る……」


 答えて南十星は、コップの麦茶を喉に落とす。すでに氷は解けきっただけでなく、ぬるくなっているのかもしれない。彼女は顔をしかめた。もう冷凍庫に作り置きの氷はないので、あと二時間は冷やすことはできない。


「木次さんはできないんですか?」

「や~、医療用以外だと、私の《魔法》ってだいたい電磁気学一辺倒で、熱力学の術式(プログラム)はほとんど持ってないです……」

「電磁冷凍って技術がなかったです?」

「それ、過冷却状態にするだけです……簡単に言えば、冷凍庫に低出力の電子レンジが入ってて、〇度以下でも凍らせないんです。そもそも私は『冷凍庫』が作れないから、意味がない理屈です」


 通称とは裏腹に、科学技術の使い手である《魔法使い(ソーサラー)》の会話をナージャと行い、樹里は日向に出る。

 そして建物のすぐ脇にある蛇口をひねり、最近は繋げっぱなしのホースから、部室周辺に水をまく。


「打ち水ですか?」

「やー……少しは涼しくならないかなーと」


 そして、十分後。


「あ、暑いです……」

「ごめんなさい……余計に蒸し暑くしてしまいました……」


 部室周辺はほとんど舗装されていないため、焼けた路面に直接行うよりはマシだろうが、湿度とともに部室周辺の不快指数も上昇した。特注の重い服を着た南十星など、息も絶え絶え。少しでも冷気を感じようと、汚れるのも構わずコンクリートの床で寝転んでいる。

 そもそも打ち水が効果的なのは、朝の比較的涼しい時間帯か、陽の傾いた夕方とされている。そして水をまくのは日向ではなく日陰だ。


「この間、草むしりしたばかりですしね……」


 植物が生えていれば、また違う。生き物なのだから、熱から身を守る仕組みを持っているため、水をかければ蒸散の恩恵が周囲にもある。しかし茂ると出入りに邪魔で、女性陣が虫が入ってくるのを嫌ったので、備品にあった草刈機で大規模に刈ったばかりだった。

 このところ雨も降っておらず、地面もカラカラに乾いているため、あっという間に水気がなくなった。水たまりができるほど濡らせば話は変わるだろうが、靴が汚れるのでそこまではしたくない。

 斜面をひな段造成しているので、南側は(さえぎ)るものがなく、神戸の海を見渡せるのだが、今は風も吹いていない。


 グッタリと椅子の背もたれに体を預けるナージャは、ソファに投げ出した荷物を引き寄せる。手提げ袋をあさった彼女は、競泳用水着を見せる。


「どうしようもなくなったらプールに避難しようかと、水着持ってきたんですけど……」

「や、確か水泳部から、大会前で遊泳禁止ってお達しがあったような……」

「そうなんですよー……」


 学生でも体育の授業以外では開放していないのだが、同じことを考える者は大量にいるため、夏休みは実質的には無法地帯と化している。普段は大目に見られているが、水泳部が大会直前の練習場所確保のため、部外者の遊泳禁止が正式に通知されていた。

 ナージャは虚空に視線をさまよわせて、長い髪の尻尾を振り回して考え、口を開いた。少し頭が(ゆだ)っているのかもしれない。


「その辺に雷落として、水泳部員さんたちは練習を切り上げてもらいますか?」

「なに危ないことさせようとしてるんですか!?」


 誰が無駄な危険行為をするかと、樹里が普段見せない(とが)った犬歯を剥き出した。

 晴天下の落雷は、自然現象でも起こりうる。だが《魔法使い》の存在が周知されている学校で、焼けるような天気で《魔法》の雷を落としたら、絶対に関与を疑われる。しかも部外者のワガママで、頑張っている学生たちを邪魔するのは、いくらなんでも酷い。


「こうなれば……」


 か細い声に樹里が振り向くと、ヨロヨロと南十星が身を起こしていた。普段は溌剌(はつらつ)と揺れる栗色のサイドテールが、今は気持ち(しな)びて見える。


「最終手段……」


 背中を向け立ち上がった彼女は、脇に手をやり、ゆっくりとファスナーを下ろす。経験は少ないながらも元アクション俳優、動作の見せ方を知っていた。


「脱・衣!」


 なんだか特撮ヒーローのような言い回しで、南十星はジャンパースカートを脱ぎ捨てた。まだそれが宙にある間に、機敏な動作で半脱ぎだったブラウスも放る。


「ちょっとなっちゃーーん!?」


 樹里は慌てる。幻滅確定なあられもない姿は看過できても、露出度一〇〇パーセントは犯罪行為だ。刑法で許されるのは一四歳未満、南十星もギリギリ猥褻物(わいせつぶつ)に当たる。

 だが服が落下した先にある背中は、まだ服を着ていた。しかも下着ではない。


「ナトセさんも、わたしと同じこと考えてたんですね……」


 学生服の下に、スクール水着を着ていた。ナージャが言うように、最初からプール入水準備万端だったらしい。


「帰る時、パンツに困るパターンですよね」

「さすがに着替えは持ってるって」


 確かにすぐ泳げるよう、自宅で服の下に水着を着たせいで下着を忘れるのは、よくある。ノーパンで過ごしか濡れた水着の上に服を着るか、究極の選択を行った小学生は、今年もどこかできっといる。

 だがそれ以前の疑問を、突然の脱衣衝撃はもう過去とした樹里は、冷静に口にした。


「ここで脱いで、どうするの……?」


 プールに入れない話をしていたところなのに、水着になる理由がわからない。

 

「せめてここで水浴びすっかと」

「そうですね~。そうしますか~」


 南十星の返事に、ナージャが水着を持って立ち上がる。なにをするかと思って樹里が見ていると、部室の隅で服を脱ぎだした。人の来ない場所、しかも女ばかりとはいえ、仕切りもない場所で着替える気か。彼女の場合は長い髪で体を隠せてしまえるし、羞恥を覚える貧相な体ではないという考え方もあるが。



 △▼△▼△▼△▼



「暑っ……」


 校門を抜け、敷地内でオートバイを降りた(つつみ)十路(とおじ)は、フルフェイスヘルメットを脱ぎ捨て、犬のように首を振る。すると少なくない量の汗が飛び散った。


【私に乗っていれば、涼しそうな気もしますけどね?】


 その動作にオートバイが、若い女性の声で質問してきた。


「それ、バイク乗らないヤツの発想だぞ……風受けて快適とか、冗談じゃないっての……お前がエンジン車じゃないから、まだ少しはマシかもしれないけど、直射日光ガンガンな真夏の昼間にフルフェイスとか、軽く死ねるぞ……」


 オートバイとは、夏は暑く冬は寒い乗り物なのだ。しかも気候で行動が制限される。乗るのが快適な時期は、春から梅雨前と秋だけで、半年もない。ついでにコケたら悲惨なことになり、有料駐車場も断る場所が多く、自動車の利便性と安全性と快適さには到底(かな)わない。

 それでも多くのバイカーたちが、こんな不便な乗り物にも関わらず、魅力を見出しているのも事実だが。


 夏休みなので学院に人は少ない。外来者向け駐車場に車は停まっておらず、行き交う人々も見当たらない。用事のある者は空調の効いた部屋にいるか、炎天下の中で運動しているに違いない。

 だから十路は人目を気にせず、転倒対策で着ている学生服のジャケットと、汗に濡れたYシャツを脱いでシートにかけ、上半身タンクトップのみの恰好でオートバイを押して歩く。タンクトップも脱いで絞れば水分が(したた)りそうだが、さすがに試すのは自重(じちょう)した。


【部室に帰れば、多少は涼しいのでは?】

「あそこ、風の通り悪いんだけどな……イクセスは暑さ寒さ関係ないだろうから、(うらや)ましいぞ」

【全くの無関係でもないですけどね。電動バイクでも熱ダレと呼ぶのか不明ですが、あまりに高温だと部品に影響ありますし。直射日光受けると、ディスプレイやシートが劣化しますし】


 一人と一台でそんな会話をしながら、総合生活支援部の部室が見える位置までやって来たら。


「うぁっぢぃぃぃぃっ!?」

「ぎゃーーーすっ! 地面焼けてるーーーっ!!」


 なぜか水着姿のナージャと南十星が、部室前で飛び上がっていた。


裸足(はだし)じゃ危ないってばー!!」


 樹里だけは学生服を着ていたが。


「水ー! 水をー!」

「早くぶっかけてくださーい!」

「はーい!」


 求めに応じて樹里は、蛇口と排水溝しかない部室脇の水道を捻り、ホースで加減して水をかける。

 バチャバチャと音を立てて地面に跳ね返り、ホースから伸びるアーチから漏れた水滴が虹を描く。


「うひゃぁぁ! ちべぇて~~~~!」

「あ~~~~生き返ります~~~~」


 しぶきを受けて水と(たわむ)れ、二人は歓声を上げる。


 客観的に見れば、二人は美少女・美女と呼べる容姿だ。

 紺色のキャミ型学習用水着に身を包んだ、天真爛漫な南十星は、幼い魅力を発揮している。胸元を引き下げてまとまった放水を直に腹で受けるのはどうかと思うが、ホースを持っているのが男ならば、きっと覗き込もうとするだろう。

 最近の競泳用水着は足を隠すタイプが多いが、ナージャが着ているのはハイレグタイプのものだった。日本人平均を凌駕(りょうが)する胸部が揺れる事態は起きないが、豊満でありながら引き締まった体、白い肌とのコントラストと貼りつく長い髪は、並の男を魅了するに違いない。


 しかしただでさえ感情の起伏が少なく、彼女たちの内実を知る十路が見れば。


「学校でなにやってる……」


 ハイテンションコンビが発揮する、相変わらずなフリーダムさに呆れるだけだった。いくら暑いとはいえ、プール以外の場所で着替えて水浴びするかと。あと兄としては、中学生になってもスクール水着が似合う南十星の発育不良加減に、未来を心配してしまう。


「冷静に考えると……私たち、なにやってるんでしょうね」


 樹里も同じことを考えたようだ。視線の先は南十星ではなく、ナージャだが。スレンダーな彼女は、やはりそっちが気になるらしい。

 

「木次さんも水浴びしません?」


 恨みだか羨望だかただ眺めているだけかは不明な視線は、気づいているのかいないのか。濡れた髪をまとめながら、ひと心地ついたナージャが笑顔で提案する。

 しかし樹里は蛇口をひねりながら、気のない返事をするだけ。


「や、水着、持ってきてないです」

「ここで調達できるじゃないですか。葉っぱ・バンソウコウ・ヒモ・絵の具。選び放題ですよ?」

「どれも論外です!?」


 北側に葉っぱは生い茂っている。救急箱は常備してある。ガレージハウスに改装する前の荷物は備品と化して残っている。物があり隠そうと思えば隠せるかもしれない。ボディペイントは隠したうちに入るのか疑問だがそれ以前に。

 ナージャは水をかぶっても、まだ頭が(ゆだ)っているのかもしれない。そして南十星も。


「まーいいじゃないですか」

「誰も来ないしー。オナゴだけだしー」


 会話が聞こえる距離で十路が見ているのに、二人は気づいていないらしい。


「や、ちょ……お二人とも? その手なんです? 目が怖いんですけど……」


 《魔法使いの杖(アビスツール)》なしで脳内センサーが常時起動している樹里も、接近してくる二人の猥褻(わいせつ)犯に子犬のように怯え、注意を払っていない様子だ。


 ならばと、十路はオートバイをUターンさせる。


「さて。暑いけど、もうひとっ走りしてくるか……」

【え? ジュリを助けないんですか?】

「なとせは気にしないだろうけど、ナージャは普段くっついてくる割にウブいから、水着をどう反応する予想できない。それに木次が剥かれた時に俺が突入したら、トラウマものだろ? あと――」


 イクセスへの説明途中に、聞こえたような気がした。


「「あ゛ーーーーーーーーッ!?」」


 なんだかナージャと南十星の悲鳴が聞こえたような気がした。気がした。気がしただけだ。非致死傷攻性防御術式(プログラム)《雷陣》でも実行されて感電したか知らないし考えもしない。

 とにかく思いこんで、十路は言葉を続ける。


「木次の反撃に巻き込まれたくない」

【トラブルご免したいわけですね……】


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