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短編集  作者: 高宮
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夜行灯

はい。…こんにちは。あぁ、お電話での…。よくいらっしゃいました、…はい。

いやぁ、地味な家ですがおあがりください。庭の椿ですか、…いえいえとんでもない、ほほほ。これもまた下手な横好きというやつで…。はぁ、はぁ、いやぁありがとうございます。

すみませんなぁ、足腰がもう弱っておるもので…ははは。どうも亀のような足取りでうっとうしいでしょうが…。あぁ、ふふ、そう言っていただけるとありがたいです…。

…いやそんなお世辞など、…ほほほ。…いつになっても肌が綺麗などと言われるのはいいものです、ふふ。奥さんなりにもそう接してあげて…いないなどと、いやまさか。

泣き黒子ですか、ふふ。実は、こんな年ですが…、若きころよりこの左の目尻にある泣き黒子を気に入っているのです。…まさかこの老年になっても、お褒めをいただけるとは思いませんでした、ほほほ…。


さて、こちらが客間です。どうぞ。

あぁ、今お茶をお持ちしますね。いえ、ご遠慮なさらず…。少々お待ちください。


…お待たせいたしました。

最近は暖かくなりましたね。…えぇ、そうです。風ですか、…最近は強くて困りますねぇ、ほほほ。

…私のお話ですね。いやどこでそれを伺ったのか存じませんが…、いや話すことに抵抗があるわけではなく…。…はぁ。

いえね、随分と古い話ですし、聞いて何になるわけでもない話ですし…。よろしいので?…はい、はぁ、…わかりました。


それではお話しましょうか…、どこから話したらいいですかなぁ…。

あぁ、それでは私の生まれからですが、お話しましょうか…。

私の生まれですが、大正11年に●●県の呉服問屋の家に生を授かりました。私の父は家業をより大きなほうにしようと精力的な人でしたね。母ですが…、私を産んだときに死んだと聞かされています。父はその後、他に女性を娶ることはありませんでした。

私の母親代わりは、女中のたゑという者でした。父も厳格でしたが、たゑも躾には厳しい人でした。私には兄弟姉妹おらず、一人娘でしたし…、その、大切だったんでしょうな。

しかし、親の心子知らずということですか、物心つくころの私にとってはそんな家は窮屈で窮屈で。録に外に出されず、やれ習字だ、やれ琴の稽古だと、代わる代わる先生方がいらっしゃるものですので…。私は次第におとなしく大人の言うことをよく聞く子供になっていきました。

それでまぁ、そんな家でしたが、私は特に病気という病気もせず、健やかに育ってまいりました。まぁ、たゑが夜になれば寝かしに参りましたし、食事も偏りがないものでしたし、特に病を患うような環境ではなかったのです。

そうですな…、今の寝かしつけに来る話、これがあなた様から伺ったことと、ちょと関わってくるのです。


特にたゑがうるさく「寝なさい寝なさい」というときは決まっておりました。毎月15日です。

はじめはその意味が分かりませんで、素直にしたがっておりました。しかし、尋常小学校に通い始めたころからですか、外の社会に触れ友達もできたためでしょうか、次第にさまざまなことに興味が湧いてきまして…。

もちろん、父もたゑも先生方も逆らうには怖ろしいので、こそこそと隠れて不真面目なことをしたりもしました。…いつもではありませんよ、ほほほ。

あぁ、また話がぶれてしまいました。私が9歳になったときですか。そのころになりますとたゑの頭にも白髪が混じり始めておりましたなぁ。このくらいの年齢になりますと、15日の夜のたゑの言葉に疑問を持ち始めたのです。

試しに寝たふりをして、呼吸を寝ているそれにして、布団をかぶっておりましたところ、たゑはその「眠っている」私を縁側より障子をわずかに開け、見ておりまして、静かに去っていきました。

彼女の足音が消えていったあと、私は静かに、縁側の障子のほうを見ました。

私の生家は私の部屋の障子の向こう側に前庭がありまして、塀を囲んでおりました。私の部屋からして左側に漆塗りの門がありまして、お客があるときはそちらから入ってまいりました。

それで、私はお客がございます方向の左側のほうを、布団の中から見たんです。すると障子に赤い光がゆらんゆらんとゆっくり揺れて、黒い影がしずしずと進んでいるのが写っておりました。そこで私は「あぁ、15日の夜遅くにはお客がきていたのか」なんて思ったものでございます。


…さて、そのことがわかると、どうにもお客の顔貌が見ていたい、何をしに来ているのか知りたいなどと、興味が湧いてきまして。

次の月の15日もまた同じように、寝たふりをして起きておりました。そして今度は布団から出て、慎重にそろそろと畳を這い進みましてな、音の立てぬよう静かに僅かに障子を開けて左側を見たんでございます…。

するとそこには、綺麗な赤い着物で着飾った女性が4人と同じような着物で着飾った子供が1人、しずしずとゆっくり歩いておりました。

4人の女性が、子供の前に2人、後ろに2人おりまして、どの方も見事な傘に簪、化粧を身に纏っておることがなんとなくですがわかりました。これがまた、すこし遠くからでも美しくて仕方ないのです。ここまではっきり見えたように感じたのは、玄関までに至るところどころに灯篭に火がともされ、提灯がこれでもかとばかり置かれていたからです。

一番興味を持ったのが、子供の姿でした。なにせ他の女性達は大人であるのですが、彼女のみは私と同じくらいの年恰好に思えましたから…。

そこで、彼女の顔つきや格好などをより詳しく見てみたいと思うようになりました。


次の15日の前夜にです。私はめったにしなかったのですが、このときばかりはと父にお願いごとをしました。…15日に起きさせてくれと言ったわけではありませんよ、ほほほ…。貸してもらったんです、双眼鏡を。父は藤井レンズ製造所が作ったビクトルという双眼鏡を持っておりました。私はそれを、学校で鳥の写生があるだのなんだの申し上げまして、それを借りようとしたんです。

当初は父も少しためらっていたようですが、最終的には3日間という約束で貸してもらえました。

さて、15日の夜になりますと、私はいつものように眠ったふりをし、たゑをやりすごしました。そして双眼鏡を首に下げ、前の月と同じ様に障子に近づき静かに少しだけ障子を開けました。双眼鏡を手に取ると、その手は震えておりました。父を騙し、たゑを欺き、禁忌を犯そうとすることの興奮と、お客の少女への興味からでしょうか。

さて、ではその覗くところに目を当てまして、お客の少女の方に双眼鏡を向けました。


その途端です。私は目を疑いましたよ…、えぇ…。

今でもはっきりと覚えています、あの時の感覚を…。

手が震え、大切なビクトルを手からすべり落としてしまい、足の震えが止まらず、腰が抜けました。歯ががちがちとなり、目は焦点を定めることなく見開いていたでしょう。

音を立てる注意すらできなくなって、布団に逃げ込むように這いよって丸まって、高鳴る心臓の音のみを聞き続けました。

双眼鏡を覗いた先にいたのは、間違いなく9歳の私でした。

白く塗られた顔に、整ったおかっぱ頭でしたが、…自分の顔を見間違うほどではありません。


なにせ、その証拠に、左の目尻に泣き黒子があったのですから。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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