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プロローグ 出陣

 一九六五年。

 南ベトナムにて、第1騎兵師団に所属していたバルトは、戦友であるマイクと共にカンボジア国境付近のイア・ドラング渓谷を進軍していた。

 ジャングルの中、1箇所だけ開けた盆地『Xーレイ』に到着するもそこは激戦地で……

 天は青く澄みわたり、雲一つない空模様。遠くのジャングルでは小鳥がさえずり鳴き、穏やかな気持ちにしてくれる。

 一九六五年の肌が焼けるほどの猛暑日。俺は、この基地と祖国に別れを告げる。

 長くなった茶髪を一つに束ね、ヘアゴムで止めるとそれをきつく締めなおす。高鳴る心臓を髪が引っ張られるときの痛覚で抑制する。ヘルメットを被り、テントの外へ出るとぎらぎらと照り付ける日差しが肌を突き刺していき、身に着ける装具は非常に重たく感じる。

 こんな晴れの日に飛び立つのは最高だ。なんて世界は美しいのだろう。

 武器庫へ向かい、弾薬ベルトを体に巻き付けて自分の愛銃を手にすると外で待機しているヘリコプターへと向かう。

 足が重い。しかし、皆を待たせるわけにはいかない。早くいかねば。

 足音をリズムよく刻むと轟音の元へと向かう。

 バタバタと風を切り、今にも飛び立ちそうなヘリコプターのキャビンに足をかける。

「遅かったな」

 聞きなじみのある声。とても柔らかくて、張り詰めた緊張すらもほぐしてしまうほどのいい声だった。

 見上げると、金髪の碧眼を持った青年が手を差し出している。

 彼は幼馴染のマーク デイビッドソン。幼稚園から軍隊までずっと一緒だ。

 俺は人生の中で何度こいつに助けられたことか。

 幼稚園に通っていった時代。そこでガキ大将に絡まれた時や訓練兵時代の自慰処理のための夜のオカズ、彼女に振られて落ち込んだ時まで、いろんなところで助けてもらった。あげるときりがない。

「ちとかっこつけてた!」

 俺は差し伸べられた手を掴み、力を入れると同時に乗り込む。

 キャビンの中は外よりましだった。それでも地獄だ。

 男しかいないキャビン。むさくるしいったあありゃしない。さらには、汗のにおいが立ち込めていてきついのなんの。あと、シンプルに人が多くて暑苦しい。違った地獄に落ちていく。

「本部に残る奴らはうらやましいぜ!」

 マイクに言う。

 目の前の碧眼の青年はきょとんとしながら首をかしげた。

「なぜだい?」

「毎日夜のおかずには困らねえからだ!」

「ㇷッ・・・ハハハハハ!まったくいつも面白いな君は!」

 俺は眼前の笑う青年と笑いあいながらキャビンの床に座る。

 鎖に巻き付けられたような感覚がほぐれていく。それと同時に、体に浮遊感が襲ってくる。

 地面を見れば、だんだんと離れていき、基地全体がだんだんと見え始める。

 お別れだ。その事実を突きつけられた瞬間、俺は激しく鳴る胸に苦しんだ。

 俺だけじゃない。みんなそうなってるだろうし、みんな誰だって思うことがあった。「できるなら。生きて帰る」と。

 祖国にさようなら。基地にさようなら。愛する人にさようなら。俺たちは今から灼熱地獄に行きます。さようなら。さようなら。さようなら。

 遠ざかる基地を見つめながら、俺は防弾チョッキの胸ポケットから個包装のガムを取り出し、口に入れる。瞬間、鼻から少しのミントの香りが抜けていく。気分は爽快。緊張も吹き飛んだ。ミントの清涼感が下を刺激するのは少し痛かった。

 俺は、胸ポケットから新たにガムを取り出すとマイクに差し出す。

「おい、やるよ!」

 こちらに気づいたマイクは俺からガムを受け取ると、包装を外して口の中に放り込んだ。

 みるみるうちにきれいな顔がくしゃくしゃになる。俺はそれを見てケタケタと笑いこける。

「やったな・・・これ、ミントじゃないか・・・アァ」

「どうだ!緊張もほぐれただろ?これで任務に集中できるだろ!ハハハ!」

「・・・ッチ・・・ップ!」

「あ!お前!」

 マイクの顔がだんだんと変貌する。美しい顔立ちが、今じゃ悪魔のような顔つきになっている。そして雰囲気も、とげとげしく、重い雰囲気が俺にのしかかる。

 やりすぎた。昔から奴はミントが苦手だった。でもこれほどとは思わないだろ。

「すまん。やりすぎた」

「・・・わかればよろしい」

 すんと先ほどの重圧がなくなり、体が軽くなる。なんと恐ろしいやつなんだ。この男は。ガム一つでここまでならなくてもとは思ったが。

「生きて帰りたいね。バルト。僕たちの地元でツーリングとかバーベキューしたい」

「ここ最近、ベトナムに来てからバイクなんて一切乗ってないからな。気持ちはわかるぜ」

 地元のうまい肉食ったりツーリングしたり、いろんなことをしたい。誰もが思っているはずだ。

 さっさと凱旋してあったかい飯を食って、あったかいベッドで女を抱いて寝る。理想の戦後じゃないか。ま、俺にはいないが。

「てかさ、お前。彼女とかいないの?」

 俺はさっきまでミントで悶えてた男に聞いた。

 顔も整ってるし、碧眼持ちの人間だ。いない方がおかしい、ていうかいてくれ頼む。

「いるわけないじゃないか。ハハハ!」

「・・・・・・は?」

 俺の何かが壊れる音がした。ガラガラと音を立てながら壊れるそれは、やがて嫉妬へと変えていく。

「お前・・・・・・まじかよ!贅沢だなぁ!」

「ど、どうしてさ!」

「どうしてだぁ?俺ぁよぉ!猛アプローチして努力してやっと彼女を作ったんだぞ!この間寝盗られたけど!お前みたいな女を選べる人間がなんで選んでないのか嫉妬してんだよ!!」

「ぼ、僕だって、純粋な恋愛がしたいんだ!僕に来る女の子ってなんか、下心しかないから怖いんだよ!」

「かぁ〜!イケメンは羨ましいぜ・・・・・・特に顔が元から良ければ向こうから擦り寄ってくるんだから・・・・・・」

「そ、そんな酷い言い方しなくても!」

「いぃや酷くない!これだけは変態な俺様が的を射てるんだ。間違いない」

「おい」

 肝っ玉が冷えるようの低い声。振り返ると、くすくすと笑っていた。俺らと1人を除いて。

「は、班長・・・・・・」

 俺とマイクは振り向いた。

 女を選べるイケメンが怯えた声で呟いた。その理由がよくわかる。

 鬼軍曹の班長の目が笑っていなかった。うるせぇぞと言わんばかりに睨んでくる。

「以後私語を慎め」

 班長が唸るように言うと、俺達はそれ以降口を閉ざした。

 後ろからは「まだまだガキだなぁ〜」などと言った中堅の上等兵や伍長が笑いながらの声が聞こえてくる。

 出撃前に一つだけ笑い話ができた。国に帰ったら家族に話そう。その前に、イケメンに尋問してからだけど。

 そう考えながらも、ヘリはどんどんジャングルの奥深くへと侵入していく。俺たち含む全周囲はヘリコプターの風切り音で騒々しく、地面を揺るがすほどの重低音を響かせて前進していく。

 丘を越え、山を越えるとジャングルに囲まれた開けた盆地がポツンとあった。そこから甲高い銃声が聞こえてくる。俺は外を見ると小さい人影が確認できた。主に地面に伏せているが、中には膝をついて構えている人影も見える。

 俺は機内を見た。祈る人や十字を切っている人がいた。マイクはただただ顔をこわばらせていた。

 何も言わずただただその盆地を見つめていた。

「ゲットサム!」

 ダダ・ダダダダダダと断続的に鳴り響く連射音がすぐ隣から聞こえてくる。

 俺は体に巻き付けた弾薬ベルトを引き離すと愛銃『M60』に弾を込める。コッキングレバーが異様に重く感じた。

「降下用意!」

 班長の声が聞こえてくる。いよいよだ。大丈夫だ。訓練通りにやれば生き残れる。たぶん。

 地面が近づき、人影も銃声も大きくなってくる。

「降下――――」

 班長が言い放った瞬間、機内の中で金属同士が弾きあう音がつんざく。そこら中に閃光が走り、赤い液が霧状に噴射され視界を遮る。

 考えるよりも体が早かった。M60を構え重い引き金を引いた。

 方に一発一発が重い衝撃が走る。そして、先の跳弾よりもつんざく銃声。そしてその音と同時に倒れる目の前の共産主義者。

 俺はそれを確認した瞬間、一気に下にかかる重力が襲った。

 ヘリコプターはもすごい勢いと角度で上昇し、その場から一時的に離れて旋回を始める。

「クソが!」

 やられたドア・ガンナーの代わりに地上にいる敵兵に向かって弾丸を放つ。

 空からの弾幕。文字通り鉛の雨を降らせてやる。俺の味方を、ただの肉と糞が詰まった塊にしたのを後悔させてやる。

 警告音がけたたましくなる機内。それに続いて白い煙も充満し始める。カキンカキンと跳弾する音が絶えない機内。大きくなる機体の揺れ。狙いずらい。本当に狙いづらい。あまりにも機体が揺れるので俺はコックピットを見た。

 黒くなっていく煙で見えにくかったが、煙の薄いほうに目をやるとコックピットが真っ赤に染まっていた。

 まずい。そう思った次の瞬間、機体が横に回転し、揚力を徐々に失いながら落下する。その反動で、ほとんどの隊員は外へと振り落とされた。

「マイク!何かにつかまれ!」

 俺は振り落とされまいと機内の中へもぐり、座席を掴む。マイクに目を向けるとスキッドに手を掴んでいた。

 このままじゃあいつが死ぬ。そう思った俺は手を伸ばしてスキッドにいるマイクを掴もうとした。

「掴め!」

 不時着する直前、俺はあいつの手を掴むと同時に、不時着した衝撃で機内へと引きずり込む。

 バコーンと言う爆発のような音の中、目を閉じる。

 あぁ、もう死ぬのか。あっけないな。

 瞬間、暗闇の中であばらに痛みが走ると、そのまま意識が遠のいていった。

 

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