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からくり競輪 ー烈風のマブイー  作者: 水前寺鯉太郎
G1編

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第四十話:嵐の前の凪 ―館山の海と、約束の炎―

小倉北九州メディアドームという「密閉された宇宙」

 競輪発祥の地、小倉。そこに鎮座する「北九州メディアドーム」は、屋外の自然干渉を一切排した、からくり競輪における「無風の真空パーフェクト・ボイド」である。館山の海風も、弥彦の霊気も届かないこの場所で求められるのは、純粋な出力パワーと、機材の限界を叩き出す絶対的な速度のみ。

 しかし、その決戦の地へ向かう前に、速水健吾には果たさなければならない「儀式」があった。弥彦で神を殺し、自らも一度は灰となった彼は、失われた生命の律動リズムを取り戻すため、かつて自らを育んだ館山の波音に身を委ねていた。

* バーンアウトからの再起動: 親王牌での全装甲排除によるマブイの全焼。源さんと算盤による強制再起動プログラムは、健吾の心臓に「黄金の不協和音」を刻み込んでいた。

* ドーム特有の音響共鳴: 周長400メートルの高速バンクを包むドーム形状は、からくりスーツの駆動音を反響・増幅させ、選手に精神的なプレッシャーを与える「音の檻」となる。


 小倉での「競輪祭」開幕を翌日に控えた、館山の黄昏時。

 空は燃えるような茜色から、深い藍色へと溶け込もうとしていた。波打ち際で、速水健吾は新調された白いチームジャージの袖を捲り、寄せては返す波を見つめていた。その表情は、かつての猛々しい闘志が消えたかのように静かだった。

 「……あんた、本当に大丈夫なの? 親王牌のあと、一週間も意識が戻らなかったって聞いて、正直、もう終わったかと思ったわよ」

 横には、リハビリを経てついに松葉杖を外した那須妙子が立っていた。彼女の脚はまだ完治とは言えないまでも、地元の海を歩くには十分な力強さを取り戻している。

 健吾は、掌の中にある、弥彦で御神から託された古い勾玉を握りしめた。

 「源さんと算盤がさ……俺のマブイを再起動させるのに、ありったけの予備パーツと最新の調律プログラムを突っ込んでくれたんだ。……おかげで、今は前よりも静かだよ。嵐が来る前の、この海みたいにさ。波の下に、とんでもねぇエネルギーが溜まってるのが自分でもわかる」

 かつての健吾が「焚き火」だとすれば、今の彼は「マグマ」に近い。表面は冷え固まり、静寂を保っているが、その内核では、神を焼き切った黄金の火が静かに牙を研いでいる。


 「……次は小倉。いよいよ、あの怪物たちが全員揃うわね」

 妙子の声が、潮風に煽られて少しだけ低くなった。彼女は健吾の視線を追うように、遥か水平線の彼方を見つめる。

 「私は、今回の競輪祭……あんたのラインには入らない。地元のプライドとしても、一人のレーサーとしても、正面からあんたを叩き潰すつもりよ。……でもね、速水」

 彼女は一度言葉を切り、健吾の目を真っ直ぐに見つめ返した。その瞳には、かつて「館山の風」と呼ばれた誇り高い光が戻っていた。

 「あんたが、もし……あの不知火焔や桜庭葵、あいつらの人間離れした『異能』に飲み込まれそうになったら。あんた自身が自分の熱で焼き切れて、自分を見失いそうになったら。……私が風を吹かせてやる。あんたを、ただのバカで熱い『速水健吾』に戻すための風をね」

 健吾は、一瞬驚いたように目を見開き、やがて小さく笑った。

 「ああ。期待してるぜ、先輩。あんたに背中から煽られたら、俺はどこまでも加速できそうだ」


 翌日、舞台は一転して、熱狂渦巻く九州・小倉へ。

 競輪発祥の地。この地を愛するファンたちの地鳴りのような声援は、ドームという閉鎖空間で増幅され、これまでのどの会場とも違う、暴力的なまでの期待感となって選手たちに襲いかかる。

 「健吾ー! 三冠獲って伝説になれぇぇッ!」

 「葵ちゃん! 全部、無に帰しちゃってー!」

 「焔! 奴らを地獄に焼き落とせ!」

 検車場の入り口。ファンの絶叫を遮断するように厚い扉が閉まる。その静寂の廊下で、四人がついに顔を合わせた。

* 速水 健吾(阿蘇): 神殺しの三冠王。その身に宿すのは、静寂と爆発を内包した「真・炎 Mk-III」。

* 桜庭 葵(立川): 透過の極致に至り、その瞳には慈愛さえ湛えた「聖なる深淵ホーリー・アビス」。

* 不知火 焔(埼玉): 地下の屈辱と敗北を糧に、己のマブイを負のエネルギーへ変換し、漆黒の太陽と化した「復讐の黒炎」。

* 算盤 陣(京王閣): 三人の暴走を制御しつつ、自らも「勝利の数式」を自身の肉体というハードウェアに完全に適応させた「冷徹なる調律者」。


 「……揃ったな、怪物ども。ようやくお前を消す機会が巡ってきた」

 不知火焔が、黒いライダースーツの襟を立て、憎悪を押し殺した声で健吾を睨みつけた。

 「焔、お前の黒炎……弥彦の風で少しは頭が冷えたかと思ってたが、相変わらずだな」

 「……冷めるどころか、俺の炎は今、絶対零度の果てにある。速水、お前の『双子太陽』ごと、すべてを闇の底へ葬ってやる」

 算盤陣が、手元のホログラム・タブレットを弾きながら、二人の間に割り込んだ。

 「……無駄な会話はやめろ。今回の小倉、メディアドームの反響係数と君たちのマブイ出力を計算した結果、競輪祭決勝における生存確率は……12%だ。それ以外は、全員がマブイの過負荷オーバーロードで、機体ごと塵になる」

 「……それで、十分です」

 葵が、静かに健吾の隣を通り過ぎた。その瞬間、健吾の肌が粟立つ。彼女から発せられる「無」の波動が、ドーム内の喧騒を物理的に消し去っていた。

 「健吾先輩。最後に残るのは、先輩の熱か、私の静寂か……館山の神様ではなく、小倉の悪魔に決めてもらいましょう」


 号砲が鳴り響いた。

 小倉の高速バンク。ここは館山のような予測不能な突風もなく、弥彦のような重厚な大地もない。

 一漕ぎがそのまま速度へと直結し、一瞬の判断ミスが時速80キロ超での大事故を招く、からくり競輪の聖域。

 「行くぜ、みんな!! 俺たちが歩いてきた道の、答え合わせをしようじゃねぇか!!」

 健吾の『真・炎』から、これまでの赤でも白でもない、どこか透明に近い「真紅の極光」が放たれる。

 

 初日のダイヤモンドレース。序盤、四人はあえて「新世代ライン」を形成し、異次元の速度でバンクを支配し始める。しかし、それこそが算盤陣が仕掛けた「論理の罠」の始まりであった。背後からは、宣言通り牙を剥く那須妙子の『蒼月』が、風のないドームで「自ら風を作り出す」奇策を持って迫り、さらには小倉のベテランたちが仕掛ける、ドームの反響音を利用した精神干渉攻撃が健吾を襲う。

 競輪祭。それはGPへの最終関門であり、四人の絆が粉々に砕け散り、真の「唯一」を決めるための凄惨なパレードの始まりであった。


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