第十六話:絶唱・大逃げ(九十九島賞決着)
1. 噴火の瞬間
「今だ……。行けえええ、俺のコアマブイ!!」
最終コーナーの頂点。算盤が「計算通りの勝利」を確信し、加速に移ろうとしたその瞬間。健吾のスーツから、これまでの排気音とは次元の違う、地鳴りのような咆哮が上がりました。
【噴火連鎖:全段点火】
「なっ……まだあんな余力が!? バカな、心拍数と出力の整合性が取れないぞ!」
算盤のセンサーが警告を発します。健吾の加速は、もはや「走る」というより「射出」に近いものでした。
2. 逃げて、逃げて、逃げまくる
佐世保の短い直線。しかし、健吾にとっては無限に続く阿蘇の坂道と同じでした。
後ろから迫る算盤の白銀、羽柴の風、影山の影。
それら全てを、健吾が引きずる「真紅の熱波」が焼き払い、寄せ付けません。
「……来ない。何も来ない!」
実況が絶叫に変わります。
「速水健吾! 最終コーナーからさらに加速! 後続を突き放す! 算盤陣のラインが、羽柴の捲りが、届かない! 届かない! 独走だ、完全なる独走!!」
健吾の視界からは、ライバルの姿も、観客の叫びも消えていました。
聞こえるのは、自分の鼓動と、クランクが回る「ギュオオオオン」という魂の回転音だけ。
3. 栄光のゴールイン
「――ッシャアアアアアアアア!!」
ハンドルを投げ込む。
白線が健吾の視界を通り過ぎた瞬間、全ての音が戻ってきました。
1着、速水健吾。
単騎、大逃げ。重賞(GIII)九十九島賞、完全優勝。
後方では、計算を完全に破壊された算盤が、呆然としながら数秒遅れてゴール板を通過しました。
4. 灰の中の静寂
ゴールラインを越えた直後、健吾のスーツ『炎』は全ての機能を停止しました。
オーバーヒートによる強制シャットダウン。
健吾は自転車に跨ったまま、ゆっくりとカントの底へと滑り落ち、芝生の上で仰向けに倒れ込みました。
空には、九十九島の夕焼け。
スーツの隙間から漏れる蒸気が、勝利の余韻のように白く立ち昇ります。
「……見たか、算盤。これが……俺の、マブイだ」
少し離れたところで停止した算盤が、震える手で自身のヘルメットを脱ぎました。
彼の計算機には、ただ一行、**【測定不能(OVER LIMIT)】**の文字が点滅し続けていました。




