第9話「来客は猫」
本職もあるため、更新遅めです……。
ご了承くださいませ<(_ _)>
静かな森の夜。
それは闇の奥から小さな影がすばやく忍び寄っていた。
頭の上にある特徴的な耳に顔周りでピクピクと動く髭、キラリと光る目をキョロキョロとさせながら小走りしているのは猫人だった。
夜目を頼りにして、まさにセリュオスたちの荷物を狙っているところだ。
「ふん、おみゃあら暢気に寝すぎだにゃ~。……この荷物は、ボクがいただいて行くにゃ!」
その言葉と同時に猫人は跳躍して、焚き火の周囲をグルグルと回った。
僅かな物音に気づいて目を覚ましたセリュオスは、少しだけ様子を見ることにした。
どうやらこちらの命よりも、荷物のほうが狙いのようだった。
気づかれないように慎重に歩み寄ったセリュオスはそれを捕らえようと飛びついた。
しかし、夜盗は背中に目がついているかのように回避する。
「にゃに!? にゃんで、気づかれたのにゃ!」
驚愕している夜盗に対してセリュオスは即座に立ち上がって剣を抜くが、その動きは想像以上に俊敏で、攻撃はことごとく躱されてしまった。
「ちっ……速いな!」
「盗っ人め! 覚悟しなさい!」
騒ぎを聞きつけて来たのか、フィオラが風の魔法を放った。
森の空気が渦を巻き、夜盗の進行を一瞬止める。
「おみゃあら、手ごわいのにゃ! でも、ボクは負けないにゃ……!」
夜盗は闇の中を縫うように跳ね、にゃっと笑いながら叫んでいた。
セリュオスが斬りかかろうとするも、夜盗は軽やかに躱し、次の瞬間にはフィオラの背後に回り込んでいた。
フィオラが振り返る前に、夜盗は手にした小枝でその背中を突き、驚きの声を上げさせる。
「ひゃぁっ!?」
「フィオラ……! 何をされたんだ! 大丈夫なのか!?」
セリュオスが動揺している間に、夜盗は目前に迫っており、その爪で顔を引っ掻かれてしまった。
「っう……!」
「おいおい、セリュオス! 何やってんだァ!? ちゃんと嬢ちゃんを守らなきゃダメだろ!」
セリュオスは夜盗の動きに翻弄されつつも、必死に剣を構える。
「……俺は……守る……!」
しかし、夜盗はさらに素早く跳ね、セリュオスの足元を潜り抜け、火の周りを縦横無尽に動き回った。
「おみゃあら、遅すぎるのにゃ! もっと早く動かなきゃ、ボクは捕まえられないにゃ!」
「さっきのお返しよっ!」
フィオラは風を巻き上げて反撃するも、夜盗は小さな体をしなやかにくねらせて飛び上がる。
三人は森の暗闇で翻弄され、互いに声を掛け合いながら夜盗を捕らえようとするも、なかなか攻撃のタイミングが合わない。
「オレはこんなの捕まえられねえぞォ!」
だが、セリュオスも守っているだけで、捕らえることができないことはわかっている。
舌打ちしつつも、その瞳は冷静に相手の動きを観察していた。
幾度となく仕掛けた斬撃を、夜盗はすべて軽やかに躱してしまった。
とは言っても、その避け方にはある一定の癖があった。
――アイツは必ず左後方へ飛ぶ。
それはまるで無意識に選んでしまう、野生の勘に導かれた軌道のようだった。
セリュオスはわざと大振りの剣撃を振るい、致命に見える隙をわざと曝け出した。
夜盗は笑みを浮かべ、猫のように身を翻す。
――いつものように、左後方へ。
「そこだぁっ!」
次の瞬間、セリュオスは剣を振り抜いた勢いのまま身体を捻り、剣ではなく己の全身を武器の代わりにして飛び込んだ。
驚きに目を見開いた夜盗の細い身体を抱え込むようにして、セリュオスは夜盗を地面に押し倒していた。
「捕まえたぞ。もう逃がしてやるもんか!」
セリュオスの身体に押さえ込まれ、夜盗が藻掻いている。
だが、その腕力は鉄のごとく強く、抜け出すことは容易ではない。
すると、セリュオスの前から弱々しい泣き声が聞こえてきた。
「にゃ……やめ……おみゃあ、ひどいにゃ……ボクを、どうするつもりにゃ……」
それは力なく涙をこぼしていた。
近くでよく見ると、自分よりも明らかに幼い猫人の少女だったのだ。
「いや……! 泣かせるつもりだったわけじゃ――」
セリュオスはその泣き顔に心を揺さぶられ、思わず手を緩める。
「おいおい、まだ幼い猫娘を泣かせてどうすんだァ? 勇者様よォ!」
動揺しているセリュオスに、ダルクが腕を組んで嘲笑交じりに責めた。
「……セリュオス、何やってるの……。これだから、男って生き物は!」
フィオラも眉を顰め、軽蔑と呆れの視線をセリュオスに向ける。
「これって、俺のせい、なのか……?」
三人は森の中で、子どもを泣かせてしまったという想いを胸に抱えたまま、夜鳴き鳥の声がこだまする中で沈黙することしかできなかった。
それから、森の小道に座らされた猫娘はそこが一番安心する場所だったのか、フィオラの身体に身を寄せて、小さく震えていた。
セリュオスが近づこうとすると、すぐに威嚇されてしまうため、一定の距離までしか近づくことができなかった。
「……な、なあ。どうして俺たちの荷物を盗もうとしたんだ?」
セリュオスが離れた場所から声を掛けると、猫娘の耳がぴくりと動き、視線を地面に落とした。
「ボクが……生きるためにゃ……。でも……悪いことした、とは、思ってるにゃ……」
猫娘は躊躇いつつ、言葉を続ける。
「故郷が、魔王軍に襲われたのにゃ……。家族も仲間も、みんな……どこかにいなくなっちゃったにゃ……だから、ボク一人で生きていくしかなかったにゃ……」
「……こんな……子どもが、一人でなんて……そんなことって……」
胸がぎゅっと締め付けられたフィオラは、彼女の身体をそっと抱き締めた。
彼女にとっては妹分と同じくらいなのかもしれない。
「ぅにゃ……」
猫人は少しだけ驚いたように目を見開いたが、相当居心地が良かったのかされるがままだった。
ダルクは腕組みをしたまま少し眉を顰めるが、何も言わずに様子を見守っている。
「……生きるためには、盗むしか手段がなかったんだな……」
セリュオスの問いに、猫娘は小さく頷く。
「……わかった。俺たちもお前をこれ以上責めるつもりはない」
猫娘は少し目を潤ませ、にゃ、とかすれ声で鳴いた。
「おみゃあ……実は優しかったのにゃ。ありがとうにゃ……」
弱々しい猫娘の様子を見てセリュオスは思考する。
このまま彼女を放っておいてもいいのだろうか。
「…………だったら、俺たちの仲間にならないか? そうすれば、食べ物に困るようなことはさせないぞ」
唐突にセリュオスは言った。
フィオラとダルクがまじまじとセリュオスの顔を見ている。
「セリュオス! この子を魔王軍と戦わせるつもりなの!?」
「坊主、さすがにこいつは――」
同行してもらうだけで必ずしも戦う必要はないと思っていたのに。
勘違いした二人がセリュオスを責めようとするが、猫娘の声がダルクの言葉を遮った。
「それは嫌だにゃ」
猫娘からの返答は否だった。
セリュオスは告白したつもりではなかったのに、早々にフラれてしまったのだ。
実はフィオラとダルクに隠し続けてきた猫が好きという気持ちも通じることはなかった。
むしろその想いが別の形で伝わりすぎて、終始警戒されてしまっているのかもしれないが。
セリュオスは猫が好きで好きで仕方ないのに、目の前の猫娘にそれが伝わることはないのだ。
「……私はフィオラって言うの。あなたの名前は?」
勝手に傷ついているセリュオスに構わず、フィオラが優しく問い掛けた。
「ミュリナだにゃ」
「ミュリナ。うん、可愛い名前ね」
「ボク、フィオラのことは好きになれそうにゃ」
フィオラは今もまだ何かに怯えているようなミュリナを見て、胸の奥で微かに同情を芽生えさせていたのかもしれない。
「なあ、ダルク。俺たちはどうすればいいんだろうか……」
「オレに聞くな。マタタビでも探して来たらどうだ?」
「そういうことを聞きたいわけじゃないんだが……」
小さな肩を震わせるミュリナに、セリュオスとダルクはただ黙って見守ることしかできなかった――。
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