第8話「聖都に向けて」
本職もあるため、更新遅めです……。
ご了承くださいませ<(_ _)>
セリュオスとダルクの後ろには、静かに後ろをついて来るフィオラの姿があった。
彼女はまだダルクのことを警戒しているのかもしれない。
「……さて、坊主。この町を出たら次はどこに向かうんだ? 俺の力がどれくらい役に立つか、見せる準備はできてるぞ」
「フィオラー! そろそろこの町を出ようと思うから、いいかげん近くに来てくれないかー!」
その声を聞いて、ようやくフィオラが近づいて来てくれる。
しかし、ダルクとは距離を取って、セリュオスの傍にやって来た。
彼女がダルクを見る目は冷たいようにも見えたが、旅の仲間としての期待も宿っているように見えた。
もしかすると、セリュオスの気のせいかもしれないが。
そんなことを気にも留めていないダルクは斧を背に背負いながら、周囲を見渡している。
セリュオスは微かに笑みを浮かべ、町の出口の方を見た。
「まずは山を越えて……ドワーフの町を出てからのルートを確かめようか」
「次は聖都に向かうって言ったでしょう?」
「あれ、そうだったっけ?」
セリュオスは僅かに首を傾げた。
フィオラといつそんな話をしただろうか。
すぐには思い出せなかった。
とは言っても、それを正直にフィオラに伝えてしまえば怒られてしまうと思い、とぼけることにしたのだ。
「誰かさんがド派手な戦いに集中しすぎて、忘れちゃっただけなんじゃないの?」
「がはははは! フィオラの嬢ちゃん、面白いじゃねえか!」
どうやら豪快に笑っているダルクはフィオラのことを気に入ったらしい。
結局セリュオスはフィオラの機嫌を損ねてしまったわけだが、それは別のタイミングでカバーするしかないだろう。
そうこうしているうちに、三人はドワーフの町の石壁を抜けて、広い空の下へ出た。
石と煙に囲まれた町から離れた瞬間、フィオラは思わず深く息を吸い込み、肩の力を抜いた。
長い間閉じ込められていた緊張から、一気に解放されたような感覚だろうか。
「……ふう。やっと、自由になれた気がするわ。あの町は……私には窮屈すぎたわね」
すると、後ろからダルクが鼻を鳴らす。
大股で歩きながら、背負った斧がカランと鳴る。
「窮屈だって? オレの育ったあの石と鉄の町のことを言ってんのか? オレたちドワーフの誇りだぜ。打ち鳴らす金床の音、煤まみれの鍛冶場――それこそが生きてる証ってもんだろ」
「それが誇りというのは理解できるけれど、私にはあの空の狭さ、石壁の圧迫感に鉄の匂い……何もかもが耐えられなかったの。息が詰まって仕方ないわ……」
セリュオスは無言のまま、二人の間で微笑んでいた。
余計に言葉を足すようなことはせず、ただ背筋を伸ばして歩みを整えている。
二人の価値観の違いをそっと見守るように。
「森暮らしのエルフにゃあ、あの石壁と煙は牢獄みてえなもんか。オレには全く理解できねえがな」
「さすがに私だって牢獄とまでは言わないわ。でも、少なくとも私の居場所ではないことは間違いないわね。やっぱり森や風、広い空のほうが落ち着くの」
決してそれは、険悪な雰囲気というわけではない。
お互いの違いを、価値観を認め合うようなそんな時間だった。
「酒と飯は本当に旨かったけどな」
セリュオスはそれだけフォローして、二人の感性の違いを肯定した。
フィオラが否定しなかったということは、彼女も同じように感じていたということだ。
三人が進む街道は緩やかに曲がっており、日差しが木々の隙間から道を照らしていた。
野花が風に揺れ、遠くには聖都へと続く白い石橋が見え隠れしている。
その石橋を渡った先にある街道を進むと、ついに聖都が見えてくるらしい。
「今日はここで野営することにしよう。水場も木陰もある」
セリュオスが指先で示した先は、せせらぎの流れる小川と大きな木々が並ぶ静かな場所だった。
フィオラは一瞬、瞳を輝かせるようにして頷いた。
ドワーフの町で傷つけてしまった彼女の心も少しは癒されてくれるだろうか。
「やっと休めそうだな……ここならちゃんと眠れそうだぜ」
ダルクは大きく息を吐き、荷を下ろした。
歩き疲れた身体で切り株に腰かけたセリュオスもゆっくりと背負い袋を下ろす。
フィオラは草の上で寝転がり、自然の自由さの中で思いっきり自分の手足を伸ばしていた。
静寂の中に森の囁きと小川のせせらぎが静かに混ざる。
三人の間に落ちついた空気が流れ、それぞれが一人の時間を謳歌していた。
これから続く旅路への、ほんの僅かな休息のひと時だった。
夜の帳が森に降りると、三人は焚き火を囲んで座っていた。
火の粉がゆらゆらと揺れ、木々の影が踊っている。
日中の疲れを忘れさせるように、鈴鳴虫の澄んだ鳴き声が辺りに響いていた。
何かを思い出したのか、フィオラが背負い袋から小さな竪琴を取り出した。
そして、手で弦を軽く弾き、音を確かめるようにゆっくりと奏で始める。
その音は柔らかく、清らかな旋律が夜空に溶けていく。
「……こうして弾いていると、町で感じた窮屈さも、これからの旅路のことも、少し忘れられる気がするわ」
「……おい、嬢ちゃん。なかなかやるじゃねえか」
「これは俺も初めて聞いたんだが……」
ダルクは当初、手持ち無沙汰に斧の柄を弄っていたが、耳に入る竪琴の音に思わず顔を上げる。
やがて我慢できなくなったのか、深呼吸して低く力強い音をその喉から発し始めた。
「♪ オレの鉄と岩の歌を、森の精よ聞きたまえっ!」
フィオラは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに顔を綻ばせ、歌に合わせて音色を奏でていく。
ダルクの歌とフィオラの旋律が見事な音楽を生み出していた。
森の夜風に二人の声と音が掛け合い、綺麗に重なり合う。
セリュオスは微かに笑みを浮かべて両手の形を整えると、それを唇にあてて息を吹き込んだ。
すると、手から出たとは思えない透き通った高音が竪琴と歌声の間に滑り込み、三人の即席セッションが始まった。
「鍛えし力は負け知らず、叩き鳴らす金床の響き。鋼の意志と鉱脈の誇り、どんな闇も切り裂いて! 風の森に響き渡れ、我らの歩む道示せ。闇を照らす火と光、仲間と共に進むのだ!」
フィオラは自然に身体を揺らし、歌声に身を任せている。
ダルクの力強い歌声は、彼女の竪琴の繊細な音と対比し、森の闇をも温かく包み込むようだった。
セリュオスはハンドフルートでリズムと旋律を補いながら、二人の音と声の微妙な揺らぎを感じ取り、あえて音を重ねすぎず調和を意識する。
その存在が三人の音楽をさらに一体感のあるものにしていたのだろうか。
焚き火の赤い光が三人の顔をぼんやりと照らす中、その時だけは疲れを忘れ、互いの個性を尊重しながら音を重ね合った。
町での堅苦しさや日中の緊張は、すべて音楽の中で溶けていくのだった。
それから深夜になると、星々が空いっぱいに瞬き、森は静寂に包まれていた。
三人はお互いに少しだけ距離を取って、休むことにしたのだ。
それはまだ心の距離が遠いことを示していたのかもしれない。
しかし、最初はかなり遠かった距離が少しでも近づいたことには間違いなかった。
いつしかもっと近くで寝ることのできる日がやって来るかもしれない。
束の間の気晴らしができたこの時ばかりは、誰も夜盗が現れることなど全く想像もしていなかったことだろう。
夜の森に響く残り火のパチパチという音と、小川のせせらぎだけが彼らの耳に残り、静かに消えていくのだった――。
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