第7話「覚悟を決めたダルク」
本職もあるため、更新遅めです……。
ご了承くださいませ<(_ _)>
朝日が酒場の窓から差し込み、破損した木の梁や割れた酒樽を黄金色に照らしている。
昨夜の乱闘の跡は生々しく、倒れた椅子や割れた食器が床に散らばり、破片だけでなく酒の匂いも残っていた。
セリュオスは膝をつき、杖のように手をついて床を押さえながら、重い息を吐いた。
「……はぁ、ひどい有様だな」
そう呟くと、隣でダルクも荒い息を整えながら同意する。
「まったく、昨日のオレたちは何をやってたんだ……」
「あなたたちが大騒ぎしたせいで、私まで手伝わされてるんだからね!」
フィオラは少し離れた場所で、渋い顔をしてこちらに厳しい視線を向けている。
文句は言いながらも、片付けを手伝ってくれるのは彼女の優しさだろうか。
セリュオスとダルクもお互いの顔を見合わせてから、言葉を交わさずとも言いたいことを理解し合った。
これ以上フィオラを怒らせたら、さらに面倒なことになってしまうかもしれない。
二人は黙って片付け作業に集中することにした。
ダルクは腕力を活かして壊れた椅子や酒樽をまとめ、セリュオスは床の破片やこぼれた酒や食事を掃き集める。
動作のリズムは自然と重なり、無言の協力関係が生まれたようにも思えた。
ダルクが壊れた扉を支えながら、ふと口を開く。
「……坊主、よくオレの斧をそんな剣で止められたよな。自慢の一撃を剣だけで受け止められたのは、初めての経験だったぞ」
「いや、この剣だけじゃないさ。俺には盾もあるからな。この守る力があるから、俺はどんな相手とでも戦えるんだ」
セリュオスは少し顔を顰めつつも、淡々と返す。
オルフェンの打ってくれた剣が頼りになるのは間違いないが、それ以上に盾の力のほうがセリュオスは自信を持っていた。
「守る力、ねえ……」
「ほら! 無駄話しない!」
フィオラの叱責にビクッとしたダルクは斧を背に担ぎながら、また無言になって作業へと戻った。
だが、無言でいるのが我慢できなくなったのか、ダルクは少し目を細めて小声で尋ねてきた。
「ところで、坊主……旅をしてるんだってな。……その目的って、何なんだ?」
セリュオスは一瞬、手を止めた。
またフィオラに叱られることになるかもしれないのに懲りないヤツだと思いながら、セリュオスも口を開くことを止めなかった。
「それはどこで聞いたんだ?」
手を動かすことは止めずに、セリュオスは聞き返した。
「ドワーフの町の噂だよ。よそ者ならなおさら、旅をしてることくらいすぐにわかるだろ」
確かにと思いながら、セリュオスは床の破片を見つめたまま、少し息を整える。
周囲の静けさと、破壊された酒場の片付け作業の音が、思考を落ち着かせてくれた。
「魔王を倒す……。ただ、それだけだ」
セリュオスは低く、しかし真剣な声で答えた。
その言葉には揺るがぬ決意が込められている。
リオネルディアの村のみんなが、セリュオスを温かく送り出してくれたのだ。
すると、ダルクは興味深そうにセリュオスの顔を覗き込む。
「……魔王か。そりゃ大変な話だな。でも、なんで坊主がその魔王を倒すって話になるんだ……? お前さん、何か特別な力でも持ってたのか?」
セリュオスは少し視線を伏せ、左手の甲にある紋章を見つめる。
微かに光りを放つその紋章は、勇者としての証だった。
「……そうだ。俺は、勇者として選ばれた」
勇者の証をダルクに見せるようにしながら、セリュオスは静かに告げた。
「この力で、アルスヴェリアに暮らす人々を守るために……俺は、魔王を倒す」
ダルクは目を細めながらセリュオスを見つめ、少し間を置いてから軽く笑った。
「……面白いじゃねえか。お前さんは力だけじゃなく、技術もあって、ちゃんと資格も持ってやがる。そりゃあ、ただの剣士じゃねえわけだ」
セリュオスは軽く肩を竦める。
「ただの剣士がアンタの斧を受け止められるわけがないだろ。村の願いも、勇者としての責任も、俺が全部背負ってるんだ」
二人の間には沈黙が流れる。
互いの呼吸と、床を掃く音だけが辺りに響く。
乱暴だった昨夜の戦闘とは対照的に、静かな共同作業の時間だけが流れていた。
「この片付け、いつになったら終わるのよ……!」
フィオラが独りごちているが、酒場の片付けはまだ終わりそうにない。
壊れた扉、潰れて飛び散った食材の汚れ、散乱した食器の破片……。
陽の光が高くなっていく中で、フィオラの頑張りのおかげか少しずつ秩序を取り戻していく。
「……坊主、お前さんは本気で魔王を倒すつもりなんだな?」
ダルクの問いに、セリュオスは頑固にこびりついた汚れを水で濡らした布で拭きながら静かに頷いた。
「もちろんだ。人々を守るためには、勇者である俺が魔王と戦うしかないだろ」
ダルクはしばらく黙って天井を見上げ、眉間に皺を寄せた。
「……オレもよ、あの魔王軍には思うところがあるんだ」
ダルクはぽつりと呟く。
「オレたちドワーフの大事にしてた鉱山が奪われたこと、坊主は知ってるか? それも魔王軍にだ。オレたちの誇りが……宝が……あいつらに奪われちまったんだ……」
ダルクの瞳には怒りと悔しさが強く宿っている。
セリュオスは黙って続きの言葉を待った。
「なあ。オレもその旅に連れて行っちゃあくれねえか……?」
セリュオスは目を見開いた。
ダルクのような力自慢の仲間がいたら心強いとは思っていたが、自分から言い出すとは思ってもいなかったのだ。
「……ダルク。これから行く旅は、命懸けの道になるだろうし、言わずもがな魔王軍は強大だ。この先にどんな脅威が待ち受けているのかもわからないし、その間にお前の大切なものが狙われてしまうかもしれない。……それでも、俺と共に進む覚悟はあるか?」
セリュオスは立ち上がり、倒れたテーブルを元に戻しながら言った。
ダルクは斧を少し強く握り締め、口元に笑みを浮かべた。
「……覚悟? そりゃもうとっくの昔にできてるさ。……それになァ、オレはお前さんを気に入ったんだ」
「気に入った? ちょうど俺もお前のことが気に入ってたんだ。お前の力があれば、もっと多くの命を守れるんじゃないかってな」
ダルクは昨夜の大喧嘩の余韻と互いに認め合った実力、そして目の前の勇者の真剣さを思い出していた。
「……というわけだからさ、エルフの姉ちゃんも、いいかげんオレのことを冷たい目で見るのはやめてくれねえか?」
「あなたがドワーフである以上、それはできない相談ね。行動で示して」
フィオラは冷たく言い放って、その場を離れていく。
だが、途中で何かを思い出したかのように振り返った。
「……それと、私の名前はフィオラよ。もし忘れたら、二度と口を聞いてあげないから」
「オレと相性悪すぎねえか……?」
セリュオスとダルクはお互いの顔を見合わせて荒々しく笑い、肩を叩き合った。
その笑顔には、仲間としての覚悟と不器用ながらの誇りが滲んでいる。
それから、セリュオスは軽く笑みを返し、手を差し出した。
「ありがとうな、ダルク。これから、よろしく頼む!」
ダルクは一度空を見上げてからセリュオスの顔を見つめ直して、その手を握り返す。
「なんだか、照れくさいな……」
「フィオラの八つ当たり相手ができて、俺は嬉しいよ……」
「お前さん、それが目的だったのか?」
硬く交わされた握手の中に、互いの信頼が芽生えた瞬間だった。
乱闘の激しさと、酒場の後片付けを共にしたことが功を奏したのか、二人の間には確かな連帯感が生まれていた。
そして片付けを終えると、二人はようやく酒場を後にすることができた。
昨夜の騒動はまるで夢のように感じられていた。
煤けた風が吹き込み、また今日もドワーフの町の一日が始まろうとしていた――。
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