第32話「料理は世界を救う」
本職もあるため、更新遅めです……。
ご了承くださいませ<(_ _)>
ルキシアナは外の世界について熱弁を振るった後、不意に視線を横へ向ける。
そこには大人しく椅子に腰掛けて話を聞いているエレージアの姿があった。
「……ねえ、アンタさ……」
「私……?」
「そうよ。ずっと気になっていたの」
ルキシアナの目が、獲物を見つけた狩人のようにぎらりと光った。
「その身体、半霊体なんでしょ? それっていったいどういう状態なわけ? 普通に座ってるように見えるけど、ウチも触れるの? それとも、すり抜けちゃうの? 冷たいとか、ビリビリする感覚ってあるの?」
矢継ぎ早に浴びせられる質問に、エレージアは目を瞬かせた。
「……質問が、多すぎるわね」
「だって気になるんだから仕方ないじゃない! もしすり抜けるなら、どうやって物を持ったり食べたりするの? そもそも重力はどうなっているの? 床をすり抜けることもできちゃうの?」
ルキシアナは椅子を蹴るようにして立ち上がると、エレージアに駆け寄り、思わず手を伸ばしかけた。
「ちょっと触ってみてもいい? 実験よ、実験!」
エレージアはすっと身体を引き、鋭い目を向けた。
「……そういう無遠慮なところも、あなたらしいのかもね……」
「こんなに面白い研究対象が目の前にいるのに、見逃せるわけないでしょ!」
だが、セリュオスは慌てて二人の間に割って入った。
「お、おい、ルキシアナ! ジアはちゃんと生きているんだ! そういうことはちゃんと彼女の許可を取ってからだな!」
「許可? セリュオスは関係ないじゃない! それに半霊体なんて初めて見たし、この手で触ってみないと気が済まないわ……! こんなチャンス、二度と来ないかもしれないでしょ!」
興奮で頬を紅潮させるルキシアナと、冷たく射抜くように見返すエレージアがセリュオスを間に挟んで見つめ合う。
室内に一瞬、緊張が走る。
だが次の瞬間、エレージアはふっと唇を吊り上げた。
「……ふふ。興味を持たれるのは嫌いじゃないけど、度を越すのはやめてちょうだい」
そう言って、エレージアはルキシアナの手にちょこんと触れる。
ルキシアナは一瞬たじろいだが、すぐにニヤリと笑い返した。
「なるほど……触れる方法はある、というわけね」
「それ以上は、あなたの発明よりも危険な研究になるかもしれないわよ。それこそ、命がなくなってもいいなら、最高の研究対象になるかもしれないわね」
エレージアの挑発めいた声に、ルキシアナの瞳はようやく大人しくなった。
ルキシアナは机の上に散らばる装置を一気に抱え込むと、勢いよくエレージアの前へずいと迫り出た。
「よし、作戦変更! ウチの発明品でエレージアを堕とそう作戦よ! これからアンタが気に入りそうな発明品を、ぜーんぶ見せてあげる!」
「……遠慮しておくわ」
「遠慮は無用よ! 覚悟しなさい!」
すると、ルキシアナはまず、掌ほどの円盤を取り出してスイッチを押した。
円盤はふわりと宙に浮かび、青い光を放ちながら部屋の中を静かに旋回する。
「どう!? 完全自律型の浮遊探査機よ! これがあれば、狭い洞窟でも自在に――」
「それ、前に見たことがあるわね」
「……な、何ですって!? ウチより先にこれを発明したなんてあり得ない!」
ルキシアナは目を剥き、次の装置を取り出した。
今度は金属でできた腕輪だった。
彼女が腕に嵌めると、装置が展開し、光の盾が空中に現れる。
「ほら見て! これは、エネルギーシールドなの! 物理攻撃も熱線も、何でも反射してしまう究極の――」
「……昔、似たものを持っている人がいたわ」
「ちょっと、待ちなさいよ! ウチの発明品が二番煎じだって言うつもり!? そんなの絶対に許せない!」
ルキシアナはさらに研究室内をごそごそと漁り、立て続けに装置を取り出す。
自動的に展開する小型ドローン群、身を包む光学迷彩マント、触れた物体を瞬時に冷却してしまう結晶銃……。
次々と披露される最先端の発明品の数々。
セリュオスの顔は驚愕のオンパレードで、多彩な代物が披露される早さに全くついて行けないのだが――。
「……それも、知ってるわ」
「…………どこかで見たことがあるわね」
「………………別に、珍しいものじゃないと思うけど」
とエレージアの返答はどれも冷淡で、驚きの色をまるで見せなかった。
ルキシアナの額に、怒りと困惑の汗が滲んでいく。
「そ、そんな、馬鹿なことが……! 私の発明は、唯一無二なのよ! どれもこれも天才の証明になるはずなのに! それを、見たことがあるなんて……!」
エレージアは首を傾げ、無表情のまま小さく息を吐いた。
「……あなたの努力は認めるわ。でも、私からすれば……目新しさがないの」
その瞬間、ルキシアナの顔が真っ赤になった。
「この……悪魔!!!」
机を叩きながら必死に叫ぶ彼女に、セリュオスは思わず口を押さえて吹き出しそうになった。
悪魔ではなく、魔王が正しいとツッコみたかったが、この場を混乱させるだけなので、踏み止まったのだ。
そんなエレージアは涼しい顔を崩さず、ほんの少しだけ口元を吊り上げている。
ルキシアナは机に突っ伏し、ぐったりと肩を落とした。
「信じられない……全部知ってて、驚かないなんて……。私の発明は、オリジナルなのに……誰にも負けるはずが、ないのにぃ……」
その悲壮感が漂う背中を見て、セリュオスはエレージアに目をやる。
「……なんで、あんなこと言ったんだ? 知り合いみたいな口の利き方だっただろ?」
「別に。ルキシアナは少し自信過剰なところがあるから、少し挫折を味わってもらおうと思ってね」
ぺろりと舌を出すエレージアだが、決して可愛いとは思っていない。
勇者が魔王にそんな感情を抱くわけがない。
セリュオスは心の中で否定した。
「……だけど、このまま彼女を放っておいていいのか?」
「いいえ。放っておけば、きっと次は徹夜で新しい発明を作り始めるわね。それも自分の寿命を削ってでも」
「そう、だよな……」
セリュオスは腕を組み、少し考えた後、ぱっと顔を上げた。
「よし! じゃあ、彼女の元気が出るものを作ろう」
「元気が出るものって、いったい何を作るつもり?」
「――飯に、決まってるだろ!」
エレージアは僅かに眉を上げた。
「美味しい料理を作って腹を膨れさせて、気を紛らわせるの?」
「ああ。腹が満たされれば、少しは前向きになるさ」
「単純で面白くはないけど、ルキシアナにとってはいい方法かもしれないわね」
この魔王、毒舌の威力が強烈すぎる……。
それから二人は、ルキシアナの研究室の調理場らしき辺りに移動した。
棚には謎の金属製の器具が並び、透明な管や浮遊する鍋まである。
セリュオスはその一つを取り上げ、じっと眺めた。
「……なんだこれ。鍋に羽根がついてるぞ?」
エレージアは涼しい声で答える。
「対流を自動的に制御する装置でしょうね。熱を均等に回すための」
「なるほどな……今回はこれを、使ってみるか!」
さらに別の棚には、食材を瞬時に切り分ける光刃の輪、温度を一定に保つ魔力結晶のプレート、蛍晶鉱石でできているのか、光輝くフライパンなどが並んでいた。
セリュオスはぎこちなくそれらを手に取りながら、エレージアと息を合わせていく。
「野菜を切るのは……俺の、役目だ!」
「そういえば、その器具は力加減を誤ると指まで消し飛ぶから、気を付けたほうがいいわよ」
「待て待て待て!? 頼むから、そういうのは先に言ってくれ!」
エレージアはくすりと笑いながら、火加減を操作する結晶に魔力を送っている。
半霊体の彼女は熱を怖れず、巧みに制御していく。
「仕方ないから、火力の調整はやってあげる。あなたは味付けに集中して」
「おう! 助かる!」
やがて、研究室の中に香ばしい匂いが立ち込め始めた。
地底羊の肉と野菜を炒める音、スープのぐつぐつ煮える音――そのすべてをルキシアナの発明品が効率的に補助してくれる。
そして、一時間後……。
「できた……!」
セリュオスは机の上に、彩り鮮やかな料理を並べた。
ジューシーな羊肉のソテー、光る結晶塩で仕上げたスープ、そしてふわりと浮遊するフライパンから直接取り分ける香草炒め。
その香ばしい匂いに釣られて、ルキシアナが顔を上げた。
「……何よ、この美味そうで刺激的な香りは……」
セリュオスはニカっと笑いながら、彼女の前に料理を差し出した。
「元気が出る特製の料理だ。食ってみろよ」
ルキシアナは半信半疑で一口頬張る。
次の瞬間、瞳がぱっと輝いた。
「……おいしい! え、なにこれ!? ウチの調理装置を使って、こんな美味い料理を作っちゃったの!?」
エレージアは肩を竦め、控えめに微笑んだ。
「あなたの発明は、それだけ価値あるものということ。オリジナルであってもなくても、あなたが素晴らしい発明家であることは間違いないのよ」
ルキシアナは頬を膨らませたと思いきや、はにかむように笑った。
「……ウチが天才発明家であることは自明の理だけど、ちょっと見直したわ、アンタたち! じゃあ、おかわり!」
ルキシアナは早く次の料理を出せとばかりに食器を差し出している。
「待ってろ。今度は大盛りにしてやるからな!」
食器を受け取ったセリュオスが駆け、エレージアはその光景を微笑ましく眺めている。
こうして二人は、ルキシアナの胃袋をがっちりと掴むことに成功するのだった――。
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