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第3話「森の中の出会い」

本職もあるため、更新遅めです……。

ご了承くださいませ<(_ _)>

 森はどこまでも深く、頭上を覆う枝葉は陽光を遮り、昼であるはずなのに黄昏時のような薄暗さを漂わせていた。

 湿った土と苔の匂い、木々の間を渡る風の音――それらすべてが同じに感じられ、セリュオスは何度歩いても同じ場所に戻って来るような錯覚に陥っていた。


「……やっぱり、方向感覚くらいは鍛えておくべきだったか」

 額の汗をぬぐい、苦笑混じりに吐き出す。

 勇者の紋章を持っているとはいえ、冒険者としてはまだ駆け出しである。

 剣の重みも旅の孤独も、まだ肌に馴染んでいなかった。


 そのとき――森を裂くように獣の咆哮が響いた。

 低く重く、地の底から湧き上がるような(うな)り。

 続いて、張り詰めた弦の音と、鋭い声が飛んでくる。


「そこよ! いいかげん倒れなさいって!」

 風が唸りを上げて矢を押し出す音がした。

 その声を聞いたセリュオスは本能的に駆け出していた。


 木立を抜けた先、その視界に飛び込んできたのは――巨大な影。

 それはバルガル・グリズリーと呼ばれる魔物だった。


 背丈は人の二倍を超え、肩の盛り上がりは岩のように厚い。

 逆立つ毛並みは闇夜の針山のようで、血で濡れた爪は鋭い刃にも勝る光を帯びていた。

 何本かの矢がその身に刺さっているが、効果があるようには見えなかった。


 その怪物に対峙していたのは、一人のエルフの女性。

 長い金髪が揺れ、しなやかな肢体は弓を引く動作に合わせて緊張と解放を繰り返していた。

 碧色の瞳は凛と輝き、決して(ひる)む色を見せない。


「ぐるぅうううっ!」

 猛熊(もうゆう)咆哮(ほうこう)を上げて突進する。


「危ない!」

 セリュオスは考えるより先に地を蹴っていた。

 エルフの前に飛び出し、左手を突き出す。


「――《ルクス・クトゥム》!」

 眩い光が広がり、宙に輝く盾を描き出していた。


 直後、凄まじい衝撃が襲った。

 巨体の質量が一挙にぶつかり、骨の髄まで響く圧が押し寄せる。


 セリュオスの足元の土は(えぐ)れ、靴裏から震えが伝わった。

 それでも光の盾は砕けず、セリュオスも膝を折りながら踏みとどまった。


「はぁっ……! なんとか受けきったか……」

「ちょっと! いきなり前に現れて何してるのよ!」


 すると、セリュオスが守ったはずのエルフから怒声が飛んできた。

 彼女の眉は()り上がり、唇は怒りに尖っている。


「何って、君を助けたんじゃないか!」

「助けなくても良かったわ! あなたが邪魔してきたせいで矢が逸れたじゃない!」


 二人が口論する間にも、バルガル・グリズリーは再び咆哮し、爪を振り下ろす。

 その一撃は簡単に木をへし折ってしまう威力を持ち、盾がなければ二人など一瞬で肉片に変わっていただろう。


「来るぞ!」

 セリュオスが盾を構え直し、再び爪を受け止める。

 火花のように光が散った。


「今度こそ射線を空けなさい! 次のは怪我じゃ済まないわよ!」

 エルフは軽やかに横へ跳び、弦を引き絞る。

 矢が放たれた瞬間、風の螺旋(らせん)が矢身を包み、空気を切り裂く音が響いた。

 矢は猛熊の脇腹に突き立ち、黒毛を裂いて血飛沫(しぶき)を撒き散らす。


「よし、いいぞ!」

「あなたの応援なんていらないから!」

「いや、俺の盾がなければ、その前に潰されていただろう?」

「何それ! それくらい避けてたし、勝手に手柄を横取りしようとしないで!」


 言い合いながらも、セリュオスは確実に魔物の突進を止め、エルフはその背後から的確に矢を射抜いていく。

 まるで互いの反発心がかえって戦術をかみ合わせているかのように思えた。


(――悪くない。戦い方が、妙に()み合う)

 セリュオスは胸中でそう感じていたが、声には出さなかった。


 バルガル・グリズリーは狂乱のごとく大地を踏み鳴らし、木々をなぎ倒しながら二人を追い詰める。

 森全体が巨獣の暴れに揺れ、鳥たちが群れを成して飛び去っていく。


「くっ……持たせる!」

 セリュオスは盾に力を込めるが、衝撃を受け止めるたびに土煙が舞い上がった。


「だったら早く崩して! 私の矢だけじゃ仕留めきれない!」

「わかってる!」

 深く息を吸い込み、セリュオスは再び詠唱を開始した。


「――《ルクス・クトゥム》!」

 盾が輝きを増し、猛熊の爪を逸らす。

 その隙を逃さず、エルフは跳び上がってからさらに身を反らし、矢を放った。

 風矢は一直線に魔物の片目へ突き刺さる。

 血が噴き出し、猛熊が絶叫する。


「グォォォォッ!」

「今だ! 止めを刺すんだ!」

「私に命令しないで!」

 反発はしつつも彼女は矢を三本同時につがえ、風を巻き込んだ。


「《スピラ・ヴェンティ》!」

 弦が震える音は雷鳴のように重く、放たれた矢は竜巻のような軌跡を描いて胸を貫いた。

 巨体が膝を折った瞬間、セリュオスは渾身の力で跳び込み、剣を振り下ろす。


 刃が骨を断ち割り、血の霧が辺りに舞い散った。

 バルガル・グリズリーが絶叫とともに倒れ伏し、大地を震わせた。


 ――そして、森に再び静寂が訪れた。

 巨体が地に沈んだことで、森は先までの喧騒(けんそう)(うそ)のように静まり返っていた。

 鳥の声すら戻らず、ただ湿った土の匂いと、血の鉄臭さだけが漂っている。


 セリュオスは荒くなった呼吸を整えながら剣を抜き取り、肩で息をついた。

「……ふぅ、やっと倒れたな」


 しかし、エルフはセリュオスの言葉に応えず、ジリジリと倒れた猛熊に歩み寄っていた。

 その目は一瞬たりとも魔獣の亡骸から逸れていない。


「おい、もう死んでるだろ。これだけの血を流して動けるはずが――」

「――甘いわ」

 短く切り捨てるような声が返る。

 エルフは短刀を持ったまま、倒れた巨体の目の前まで進んでいく。


 その時、死んだと思われたバルガル・グリズリーの片足が、痙攣(けいれん)するように小さく動いた。

 セリュオスは思わず身を乗り出す。


「まだ生きて……っ!」

 だが、フィオラの持つ短刀が、それより早く心臓を貫いていた。

 短い(うめ)き声と共に、猛熊は完全に動かなくなった。

 彼女はそこでようやく肩の荷を下ろして息を吐いた。


「ほらね。息の根を止めるまで、戦いは終わってないの」

 目の前でそれを見せつけられてしまっては、セリュオスも苦笑を浮かべることしかできなかった。


「……用心深いにも程があるな」

「経験則よ。あなたみたいに“倒したから終わりだ”って安心して、返り討ちに遭ってきたヤツを何人も見てきたから」

 辺りに漂う血の匂いに眉をしかめつつも、エルフはしゃがみ込み、死骸の体毛をめくって傷口を確かめる。

 その手つきは冷静で、慣れている。

 セリュオスは剣に付着した血を拭いながら、その姿をしばし黙って見つめていた。


「……で? まだ何かするのか」

「当たり前でしょ」

 エルフは短刀で手際よく猛熊の爪を切り取った。


「バルガル・グリズリーの爪は高く売れる。冒険者なら常識でしょう」

「死体を売って、金になるのか?」

「“素材を回収した”のよ。むしろ、無駄にするほうが不自然だと思わない?」

 セリュオスは絶句する。

 勇者としての理想や正義感と現実的な冒険者の常識がぶつかって、言葉が出てこなかった。


「なによ、その顔」

「いや……ちょっと、その、驚いただけで……」

「……ふん。世間知らずの人間、ってわけね」

 エルフは立ち上がり、爪を布袋に収めると、初めてセリュオスの方をまっすぐ見る。

 碧色の瞳は冷たいようで、しかし底にかすかな興味が(にじ)んでいるように見えた。


「で? あなた、この森に何しに来たの?」

「……俺はセリュオス。勇者だ。魔王軍を倒すために冒険に出たところだ……」

「勇者、ね。私はフィオラよ。でもあなた、勇者として旅に出たのはいいけど、この森で迷子になったんでしょ? ダサいわね」


「うっ……ぐ……。な、なぜそれを……」

「あまりに世間知らずだったからそう思ったの。普通の冒険者はこんな森の奥地まで何の用心もせずに入って来ないから」

 言葉に詰まるセリュオスを、フィオラはくすりと鼻で笑った。


「ま、野垂れ死なれても気分が悪いだけだし、道案内くらいはしてあげるわ」

「本当か? ……ありがとう」

「勘違いしないで。感謝されるために言ったんじゃない。あなたの死体でこの森を汚したくないだけ」

 フィオラはそっけなく言い放ち、森の奥を指差した。


「ついて来なさい。街まで出る道を教えてあげる」

 セリュオスは肩をすくめ、剣を腰に収めた。

 心の中で、妙なエルフと出会ってしまった……と(つぶや)きながら――。

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