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第1話「勇者が生まれた日」

本職もあるため、更新遅めです……。

ご了承くださいませ<(_ _)>

 とある夜、アルスヴェリアの辺境リオネルディアの村は不思議な静けさに包まれていた。

 昼間まで子供たちの笑い声が響いていた小道も、家畜の鳴き声で賑やかだった厩舎(きゅうしゃ)も、息を潜めるように黙り込んでいる。

 冷えた風が木立をざわめかせ、まるで森そのものが何かを警告しているかのようだった。


「どうも胸騒ぎがする……」

 村長が広場に立ち、そう(つぶや)いた時だった。

 闇の中から、かすかな(うめ)き声のようなものが聞こえてきた。

 血の匂いが風に混じり、やがて大地を震わせる重い足音が忍び寄ってくる。

 村人たちは一斉に身を寄せ合い、灯火を掲げて森の入り口を見つめた。


 やがて木々を押しのけるように現れたのは、黒き巨狼――ルゥン・ヴォルフ。

 月明かりに照らされたその毛並みは墨のように暗く、身体を走る赤い紋様が脈打つたびに瘴気(しょうき)のようなものが(あふ)れ出していた。

 目は血のように赤く光り、口から滴る(よだれ)は地面を()がす。


「……で、出た…! 魔王軍の尖兵(せんぺい)だ!」

 誰かが叫んだ瞬間、村に恐怖が走った。

 老人は膝をつき、女たちは我が子を抱きしめ、若者たちでさえ足を(すく)ませて動けないでいる。


 ルゥン・ヴォルフ――かつて戦乱の時代に幾つもの村々を滅ぼした災厄の獣。

 その背に刻まれた黒い印は、まさに魔王軍の使いである証でもあった。


 すると、青年セリュオスの義父オルフェンが果敢(かかん)に前へ進み出た。

「義父さん……?」

 オルフェンは大きな鉄槌を肩に担ぎ、息子のように育ててきたセリュオスを守ろうとしたのだ。


「戦えない者は下がってろ! 村のみんなで逃げるための準備をしてくれ! 俺が時間を稼ぐ!」

 しかし、村人たちは(おび)えた様子のまま動き出そうとしなかった。

 知っているのだ、この怪物を討てるはずがないということを。

 たとえどれだけ力自慢のオルフェンであっても、その事実に抗うことはできないだろうと。


 それでもオルフェンは恐れを飲み込み、家族と村を守るために足を止めなかった。

 ルゥン・ヴォルフの低い(うな)り声が夜の空気を震わせる。

 次の瞬間、巨狼は稲妻のように飛びかかった。

 その爪はオルフェンの首を狙い()ましている。


「やめろぉぉぉッ!」

 その時、セリュオスは考えるよりも先に自身の身体を投げ出していた。

 オルフェンを突き飛ばし、自らがその爪を受け止める。

 その凶悪な力は今にもセリュオスを押し(つぶ)しそうだった。

 骨が(きし)み、意識が闇に飲まれそうになったその刹那(せつな)――。


 光が走った。


 セリュオスの左手の甲に灼熱(しゃくねつ)の痛みが走り、(まばゆ)い輝きが夜を()く。

 そこには古の文字が連なっており、太陽を模したような紋章が浮かび上がっていた。

 光は巨狼の爪を弾き返し、まるで瘴気を浄化するように燃え広がっていく。


「な……紋章……!? あれは、勇者の……!」

「あの伝承は本当だったのか……」


 村人たちが驚愕(きょうがく)と歓喜に声を上げている。

 老いた村長は震える手を合わせ、涙をこぼした。


「痛く、ない……」

 セリュオスは息を荒げながら、自分の手を見つめる。

 確かに刻まれた紋章は熱を放ち、心臓の鼓動と同調するように輝いていた。

 それが意味することを、セリュオスはすぐに理解した。


 ――自分が勇者に選ばれたのだと。


 しかし、巨狼は(ひる)むどころか、怒り狂ったように咆哮(ほうこう)を上げた。

 瘴気が渦を巻き、村人たちはさらに後ずさる。


「逃がすもんか!」

 だが、セリュオスは義父の落とした鉄槌(てっつい)を掴み、震える手で構えた。

 光に導かれるように、一歩、また一歩と巨狼に近づいていく。

 恐怖でその膝は震えていた。

 それでも、背後には家族と村人たちがいる以上、セリュオスが退くことは許されなかった。


 巨狼の爪と鉄槌が激突し、轟音(ごうおん)が夜空を裂く。

 衝撃は凄まじく、普通の人間なら即座に吹き飛ばされるほどだっただろう。

 手の甲の紋章が輝きを放ち、セリュオスを支えていたのだ。


「うぉぉおおおッ!」

 セリュオスが叫びと共に振り下ろした鉄槌は巨狼の顎を砕き、火花を散らして大地さえも揺るがした。

 ルゥン・ヴォルフは苦悶(くもん)の声を上げると、赤い光を散らしながらよろめく。

 そして、セリュオスに向かって一歩踏み出したと思いきや、その場に倒れ伏したのだった。


 その場に残されたのは、焦げた土の匂いと震える村人たちの吐息だけだった。

「……勝った……のか?」

「セリュオスが……?」


 誰もが目の前で起こった光景を信じられずにいた。

 今まではただの村人でしかなかった青年が魔王軍の尖兵を倒してしまったのだ。


「あなたは、何てことを……」

 セリュオスの義母セリナは涙をこぼし、その背に(すが)りついていた。

 オルフェンは無言で肩を(たた)き、その力強さは血の繋がらない息子を誇りに思っているかのようだった。


「間違いない……。その紋章は伝承に語られし勇者の証。セリュオス……お(ぬし)こそ、魔王に抗う唯一の希望なのじゃ」

 村長は深く息を吸い、重々しい声で告げる。


 村人たちの目が恐怖から希望へと変わっていく。

 彼らの胸には言い知れぬ不安も残っていた。

 魔王軍の尖兵が現れ、勇者が誕生したということは、魔王軍の侵攻が本格化するということに他ならないからだ。

 それと同時に、勇者の存在は絶望の(ふち)に光をもたらした。


「俺が……勇者……」

 セリュオスは唇を噛みしめ、左手の紋章を見つめた。

 自分が勇者として選ばれた意味は何だろうか。


 それは――守ること。

 義母であるセリナを、義父であるオルフェンを、このリオネルディアの村を、そしてこのアルスヴェリアの世界を。


「……俺、行きます。みんなが平和に暮らせる世界になるように、魔王軍と戦います!」

 それはかすれた声だったが、確固たる決意が込められていた。

 村人たちの視線が一斉にセリュオスへと注がれる。


 彼らはただ沈黙し、そして静かに(うなず)いた。

 セリュオスに命運を託したのだ。

 光を宿した左手の紋章、村を守るように立つ姿――彼が「勇者」であることは疑いようがなかった。


「セリュオス……なぜ、お前が……勇者に」

 オルフェンが言葉を詰まらせる。

 セリナは震える手で息子の頬をそっと優しく撫で、静かに涙をこぼした。

 セリュオスは拳をグッと握り締める。


 その夜、リオネルディアの村に勇者セリュオスが誕生した。

 この時から、セリュオスの長き戦いの日々が始まったのだった――。

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