第6話:毒の動線と王妃の証言:記憶の扉が開かれるとき
事件から半年。
私はすでに死んだはずの令嬢。
だが今、この目で“真実”を暴くため、記録と記憶の狭間を駆けている。
──その核心にいる人物が、ついに目を覚ました。
王妃アナスタシア・レントハイム。
毒により昏睡状態に陥っていた、事件の被害者。
彼女が、目を覚ましたという報せが、密かに私の元へ届いたのだ。
夜半、王宮医療棟の個室。
ここは、限られた王族と上級貴族しか入れぬ“静謐”の空間。
私は、看護係に扮したセラスの手引きで、アナスタシア妃の病室へと忍び込む。
「……クラリス……様……?」
驚くほどかすれた声。
まるで砂が喉を擦るような、か細い音。
「お目覚めに……なったのですね、王妃様」
「……なぜ……あなたが……ここに……?」
「時間がないので、結論からお話しします。
あの日、王妃様が召し上がったお茶には毒が入っていました。
ですが、その毒は、厨房で仕込まれたものではない。
密室の外から混入された“偽装された食材”が、毒の運搬手段でした」
「……そう……なの……?」
王妃の目が、揺れる。
だが、そこに浮かぶのは“驚き”ではなく、どこか“予感めいたもの”だった。
「……思い出しました。事件の直前──私が最後に見たのは……」
「……はい?」
彼女は、記憶の霧を手繰るように、ゆっくりと語り始めた。
「……ティーセットが届く前に、あの男が部屋に入ってきました。
控えめな口調で、“香り付けのハーブを変える許可”を求めて……」
「その男の顔を……覚えていらっしゃいますか?」
「……名は、リード・クロイス男爵と名乗りました」
──やはり、彼だ。
事件当日、“密室だったはずの厨房”に現れ、
そして王妃のもとにも“材料を届ける名目で”接近していた。
彼は、毒を混入させる“運搬経路”そのものだったのだ。
「……彼が入れたのは、香料の小瓶でした。
開封された状態で、“王妃好みの香り”と……」
香料──それが、毒の“カムフラージュ”。
香りと色味で他の成分を覆い隠し、自然なものとして仕立てあげた。
毒の“動線”は、厨房ではなく、香料の瓶にあったのだ。
セラスが小声で言う。
「証言が出た。……これで、“王妃の目撃”という決定的な証拠が揃った」
「ええ。事件当日に密室を出入りし、毒を運び込んだ張本人。
その人物を、王妃が明確に目撃していた──」
「だが、それだけで王宮を動かすには弱い。“記録”だけでは捨て置かれる可能性がある」
「だから“今の証言”を、“証人尋問記録”として公式に残す。
しかも、“私ではない第三者”によって」
「……医務官を買収するか?」
「いいえ、“副宰相の監査局”へ匿名通報を送ります。
副宰相リーベルトは“中立派”。彼なら動く」
事件の核心にいた王妃が、証言をした。
その証言は“生存している唯一の王妃”による、政治的に無視できない発言だ。
私は最後に王妃の前に膝をつき、静かに言った。
「王妃様。私は死から戻ってきました。
罪を着せられたまま終わるつもりはありません。
必ず、真実を暴き、王妃様の名誉と、私の誇りを取り戻します」
王妃はわずかに目を閉じて、微笑んだ。
「……ならば、私は……真実を語った証人として、あなたに委ねましょう」
その夜。
私は、王宮の記録局へと“匿名の内部告発文”を投函した。
【件名】王妃毒殺未遂事件における、証言および記録の改ざんについて
【通報対象】リード・クロイス男爵
【証人】王妃アナスタシア・レントハイムの証言記録あり
【要求】副宰相監査局による調査の開始を要請
そして、書き添える。
「記録に埋もれた真実は、必ず甦る。
断罪された令嬢の名にかけて」
(第1章「冤罪と封じられた記録」──完結)
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