第5話:誰が嘘をついたのか:証言矛盾と密室の謎
禁書庫の記録は、すべてを物語っていた。
王妃毒殺未遂は、第五王子派による政治的暗殺。
私はその計画の“濡れ衣”を着せられ、処刑された。
それが、記録に刻まれた事実。
そしていま。
私は、その禁書庫からの逃走中だった。
漆黒の王宮回廊を、靴音を殺して駆ける。
衛兵の足音は追ってくるが、彼らは私の顔をまだ確認していない。
私は姿を見せずに抜ける道を選び、裏階段から厨房脇の通路へと滑り込んだ。
「──セラス!」
詰所前で待ち構えていた影が、私を認めて素早く扉を開けた。
「……まったく、いつか捕まるぞ。何があった?」
「これを。禁書庫で見つけたわ」
私は濡れた外套を脱ぎ捨て、記録帳をセラスの前に叩きつけた。
彼はそれを無言で受け取り、ページをめくるごとに目を細めていった。
「……“王妃暗殺計画書”。証拠も人事操作もすべて網羅されてる……」
「それだけじゃない。次に見なきゃいけないのは、“証言の矛盾”よ」
「矛盾?」
私は静かにうなずく。
「私の断罪を決定づけた証言……それをしたのは、リード・クロイス男爵。
でも彼は、“事件のとき厨房にいた”と証言した。──そこにおかしな点があるの」
「厨房は、事件当日“封鎖”されていたはずだ」
「ええ。王妃が倒れた“直後”、毒物混入を疑われて厨房は封鎖された。
なのに、リードはなぜか“直後に厨房で、私が怪しい動きをしていた”と証言したの」
「つまり、彼が厨房に入れたこと自体がおかしい……?」
「いいえ、それだけじゃない。“そもそも誰も入れないはずの密室”だったのよ。
厨房の出入りは記録される。火の管理も、衛生も厳しいから。
その中で“外部の人間が自由に出入りしていた”というのは、明らかに不自然」
セラスは記録帳に目を戻し、唸るように言った。
「……だとすると、彼の“厨房目撃証言”は捏造か、あるいは誰かに言わされた」
「禁書庫の記録によれば、リードは“記録改ざん”の命令者よ。つまり、犯人側の人間」
「となると、やはり重要なのは“密室そのものの成立条件”か」
「ええ。密室が成立していたなら、外部から毒を入れる手段はなかったはず。
でも、実際に毒は入っていた。ならば……」
私は、手元のノートに一つの図を描く。
──【事件時の厨房の構造図】──
・出入口1(正面扉)→ 封鎖済み
・出入口2(裏搬入口)→ 鍵で封印
・換気口(天井)→ 使用人では届かない高さ
・ゴミ排出用扉→ 開けるには内鍵が必要
「この密室に、唯一外部とつながる“穴”があったとしたら……?」
「まさか、材料搬入口か?」
「いいえ。盲点だったのは、“記録”。材料の納入記録は“事件当日”にもあった。
それも、【粉砂糖】と【香料】。そして、搬入者の名前が“記されていない”」
セラスが目を見開く。
「匿名搬入……?」
「正確には、“記録担当者の署名が空欄”。つまり、記録そのものが抜かれていた。
毒はその材料に“混入されていた”。そして搬入は“密室の中”で完了する」
「……その場にメアリがいた」
「そう。彼女は“手渡された材料”を使っただけ。
だけど、その材料を“中に入れた者”がいる。密室で犯行が可能だったのは、【事前に出入り可能な立場にある人物】」
「例えば……厨房長、あるいは衛兵。だが厨房長は病気で寝込んでいたと記録にある」
「記録は偽装可能。──でも、一人だけ、実際に“厨房にいた”と証言していた者がいる。
“その証言自体が矛盾を生む”人物」
セラスは言葉を飲み込むように、静かに呟いた。
「……リード・クロイス、か」
私は筆を走らせ、結論を記す。
【仮説A】リード男爵は厨房に立ち入った形跡がない
【仮説B】にも関わらず、厨房内の状況を詳細に証言した
→ よって、彼の証言は“捏造”か“密室の中にいた共犯”のどちらかである
「……証言で私を断罪しながら、自分が密室の中にいたことは隠した。
つまり、“毒の混入”を彼自身が行ったか、それを知っていた可能性が高い」
「これで、“事件記録の操作”と“毒の導入経路”、そして“嘘の証言”が全て一本の線で繋がる」
「ええ。証人でありながら、密室の中の動きを知っていた男。
彼が、“記録”の内側にいた……それが、この事件の核心」
私は静かにノートを閉じ、つぶやく。
「私を嵌めた犯人の名前が、ついに記録に現れたわ」
闇の中、わずかに満ちる月明かりが、ノートの表紙を照らしていた。




