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悪役令嬢は冤罪でした。──死んだはずの事件記録を読み返す時、運命は書き換えられる  作者: 露草 ひより
第三章:盗まれた予言書と、沈黙する予知者
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第19話:王家の亡霊と、最後のページ

図書館の最深部──。


クラリスとエルミナは、古びた鉄扉を開き、長らく封印されていた「記録庫・零番区画」へと足を踏み入れた。空気は重く、埃と魔力の気配が交じり合い、まるで時間が止まったかのように空間が沈んでいた。


「ここが……“最後の記録庫”……」


エルミナは声をひそめた。石造りの棚には、革張りの書が整然と並び、そのいくつかには王家の紋章が刻まれている。


クラリスは、目の前の一冊を手に取り、表紙をなぞった。


「これは……『王室錬金記録・第117回王位実験系統』。この記録、存在自体が禁忌とされていたはずよ……」


ページを開くと、そこには生々しい記述が続いていた。


『第117系統実験体、“エル=M.N.A-13”は、被験者の中でも安定しているが、人格形成に問題ありと診断。現実認識にわずかな欠落。母体不明。』


『移譲先:ルシア・セヴラン(職権外保護処置)──理由:倫理的異議申立てによる脱管。』


「これ……まさか……」


クラリスは目を伏せた。「“あなたの名前の由来”よ。エルミナの“エル”は、実験体の番号“EL”、そしてルシアの名“Lucia”を掛けた仮名。あなたは……王家が創ろうとした“記録そのもの”だったのよ」


「記録……そのもの……?」


エルミナはその言葉を反芻した。


「“失われた歴史を、人ではなく器に保管する”。それが第117系統計画の本質だった。“生きた記録庫”を創る……」


「私は、“人”としてではなく、“記録”として生まれた……?」


クラリスはきっぱりと首を振る。


「違う。ルシアがあなたを連れ出したとき、あなたはただの実験体じゃなかった。もう、“あなた”だったのよ。彼女は、記録よりも、あなたの“存在”を選んだ」


そのとき、記録庫の奥に置かれていた封筒が、ふと風もないのに床に落ちた。クラリスが拾い上げると、それは王家の黒印が押された、極秘文書だった。


『極秘:王位継承法改定案・予備稿

提案者:王妃エカテリーナ

要旨:“錬金実験体”のうち安定個体を用い、記録継承と王位血統の維持を同時に図る。

補記:ルシア・セヴランが異議を唱え、記録ごと一体を奪取。以降、件の実験体は消息不明。

……その後の火災にて全記録焼失。事件性の有無は不明。』


「……これが、王妃の狙いだったのね」


クラリスの目が鋭くなった。


「王妃は“あなた”を、記録であり、血統維持の“器”として取り戻したかった。そしてそのために、ルシアを……」


「……殺したの?」


エルミナの声は小さかったが、震えていた。


「たぶん、直接ではない。でも、“火災”を仕組んだ可能性は高いわ。王妃は火事の混乱で、“記録を奪い返す”つもりだった。ルシアはそれを察知し、あなたを逃がし、代わりに……」


クラリスは拳を握った。

記録は事実を語るが、感情までは刻まれない。けれど、クラリスにはわかった。


──ルシアが、どんな思いで少女を抱きかかえて逃げたか。


──エルミナを“人”として残そうとしたか。


「私……生まれた理由も、存在も、ずっと怖かった。けど、今はわかる……」


エルミナは静かに言った。


「私は、“誰かの記録”じゃなくて、“私自身の物語”を選ぶわ。ルシアがそうしてくれたように、今度は私が“真実を記録”する番」


「その言葉、待ってたわ」


クラリスは、微笑んだ。そして、一番奥に置かれた空白の書に手を伸ばす。


「これは“未来記録簿”。記された内容が、未来に影響を与えると言われている“儀式書”よ」


クラリスは、その最初のページにこう記す。


『侯爵令嬢クラリス・ヴェルンシュタイン、乙女ゲームの舞台であるこの世界にて、冤罪を晴らし、記録を以て真実を再構築することを誓う。』


そして、筆をエルミナに渡す。


エルミナは躊躇いなく書いた。


『私はエルミナ・セヴラン。誰かの創った記録ではなく、自分の意志で、物語を綴っていく。これは、私の物語。ルシアの願い、クラリスの選択、すべてを未来へ繋ぐ“最後の記録”』


記録の最後のページが、ひとりでにめくれた。光が漏れ、封印された記憶が解けていく。


二人の手にあるのは、もう“過去”ではなかった。

それは、書き換えられた“未来”だった。

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