第18話:記録の再構築と、嘘つきの遺言
「――その記録は、最初から“書き換えられていた”のよ」
冷たい風が、地下記録庫の書架をすり抜けていく。クラリスの言葉に、エルミナは静かに頷いた。
十三年前、図書館を焼いた火災。その出火原因として公式に記録されていたのは、「館長代理の過失」だった。
だが、クラリスが“もう一人の館長代理”――ルシア・セヴランの手記に記されていた証言を突き合わせた結果、判明したのは、
「“火災の記録”そのものが、あとから一部削除されていたのよ。とくに、当日の避難経路、消火対応、そして館長室にいた人物の情報が、すべて」
「……つまり、誰かが“記録ごと”燃やそうとした。私たちの真実を」
エルミナの声は震えていた。
ルシアは、彼女を“記録係”として図書館に迎え入れた最初の人物だった。そして、そのルシアこそが、火災当日、密かに図書館の深層記録を保管室へ移していた張本人だった。
「あなたのことを、彼女は守ろうとしたのね」
クラリスは、ルシアの遺稿の最後の一節を読み上げる。
『真実とは、時に最も残酷な記録である。だが私は信じる。この少女が、それでも手を伸ばすのだと――“自分自身”を知るために』
その言葉に、エルミナは唇を噛みしめた。
「……わたしは、なぜここにいるのか、ずっとわからなかった。どうして、焼け残ったこの図書館で、記録を守る役を任されているのか」
「それはあなたが、“記録された存在”だからよ」
クラリスは言う。
「あなたの出生の記録は、王家の公式系譜にも、民間戸籍にも存在しない。あるのは、“試験体番号”と“保管施設C”の文字だけ」
「……保管、施設……?」
「十三年前、図書館が火災に遭ったその日、近隣の錬金技術研究所が突如閉鎖された。施設は封鎖、記録は焼却処分。だが、たった一つだけ、“記録員”が持ち出した記録があったの」
クラリスは、金属の留め具で閉じられた古文書を開いた。そこにあったのは、“出生報告書”と“移譲証明書”。
「この文書によれば、あなた――“エルミナ”は、王家の錬金計画の“最終成果物”として人工的に生み出された存在。そして、存在が公になる直前に、ある人物へ譲渡されている」
「……その人物って……まさか」
「元・図書館館長代理――ルシア・セヴラン」
息が詰まる沈黙が、二人の間を満たした。
だがエルミナは、震える手でその文書をそっと閉じた。
「……ならば、私は――“ルシアの娘”として、生き直すわ」
その言葉に、クラリスは目を細める。
「それでいい。真実がどれだけ痛ましくても、あなたは“選び直すことができる”わ。記録とは、過去の記憶であり、未来の土台でもあるのだから」
そして二人は、書庫の奥、最深部へと歩き出す。
そこには、十三年前の火災で失われたはずの“もう一つの記録庫”が、封印されたまま眠っていた。
鉄の扉に触れた瞬間、光が舞った。封印が、解けていく。
「いくわよ、エルミナ。今度こそ、“本当の記録”を見つけるために」
「……うん。ルシアが遺した“最後の嘘”が、きっとそこにある」
記録は、書き換えられる。
そしてそれは、失われた人生を、もう一度描き直す“唯一のペン”でもあるのだ。
――迷宮の終わりで、彼女たちは真実を掘り起こす。
それは、死者のための追悼ではなく、生きる者のための希望の書であった。




