第17話:亡霊たちは、まだ書庫の奥で眠っている
図書館の最奥、封印されていた地下文書庫。
その扉が再び開かれたのは、十三年ぶりのことだった。
扉の錠は、クラリスが手にした古鍵――“白銀の書庫印”によって、音もなく外れた。まるで、かつてその鍵がこの扉を何度も開閉していたかのように。
「……ここに、火事の真相があると?」
クラリスの問いに、エルミナはうなずかない。だが、否定もしなかった。ただ、歩を進める。
螺旋階段を降りるごとに、空気は湿り、肌に触れる温度が一段階ずつ冷えていく。
灯りはかつてのまま。浮遊する球体のランプが、ひとつずつクラリスたちの進行にあわせて点灯し、後ろでゆっくりと消えていく。
地下文書庫。
そこは、失われた“記録”が眠る迷宮。
「お待ちしておりました」
最深部にたどり着いた時、二人の前に立っていたのは――驚くべき人物だった。
「……貴女は、“初代館長代理”レティシア……!」
その名は、かつて十三年前、火災直前に解任された幻の館長代理。
当時、何らかの内部告発を行おうとし、急遽追放されたとされていた人物だ。
だが今、彼女は確かにそこにいた。まるで、十三年という歳月を閉じ込めた蝋人形のように、変わらぬ姿で。
「私は、この文書庫と共に“保管”されていたのですよ。すべてを、記録として」
その言葉に、クラリスの心は凍る。
「“記録として”? 人を……?」
「この場所には、《記録人格固定装置》がございます。重大記録とともに、証人の記憶を凍結し、文書庫の一部として保存するための術式です」
「……人間を、記録媒体に?」
「はい。そうでもしなければ、真実は“改ざん”されてしまう。この国では、記憶もまた編集可能な情報ですから」
エルミナは静かに拳を握った。その視線の先には、一冊の本。
革装丁に銀の文字で刻まれた標題――《記録No.0137/火災前夜の陳述》。
クラリスがその本を開くと、レティシアの声が、紙面から再び響き始める。
──“私は見たのです。あの夜、毒入りの書類が王妃陛下の命で運び込まれたことを。目的は、当時の第二王子――エルミナ様の父君を陥れること”──
「……私の父が……?」
「そう。あの火災は“事故”などではない。王妃陛下が主導し、邪魔な王子とその関係者を排除するための口実として仕組んだ。レティシアはその証拠を保管しようとし、そして……」
「そして、図書館が燃やされたのね」
クラリスの目が見開かれた。
「つまり、十三年前に燃やされたのは“建物”じゃない。“記録”だった。書き換えることのできない、真実の記録……!」
レティシアの顔が、どこか寂しげに笑んだ。
「貴女の冤罪も、貴女の死も、すべてはその流れの上にある。クラリス嬢」
「……それでも、私は止まりません。この記録がある限り、私は“私を殺したもの”と向き合います」
クラリスはその場に跪き、記録本を抱き締めた。
「たとえ世界が、記録によって書き換えられるとしても。私は、私の記憶を信じる。たとえそれが、どんなに不確かなものだとしても」
その瞬間、文書庫の壁面に浮かび上がったのは、古びた石板に記された“最奥の記録”だった。
──《記録No.0000》
──《生誕記録・エルミナ・リュクス=ローゼンベルグ》
「……これは……!」
エルミナの瞳が、かすかに揺れた。
その記録が語るのは、彼女が王家の血を継いでいないこと。
そして彼女の“本当の母親”が、かつて火災の夜に“死んだ”とされた、記録管理官であること――。
「私……は……」
言葉が出ない。
真実が、静かに、魂の輪郭を削っていく。
だがクラリスは、そっとその肩に手を添えた。
「記録がどうあれ、あなたはエルミナ。誰よりも、この書庫と向き合ってきた人間よ。あなたの価値は、血統なんかじゃない」
涙が、ぽつりと、石床に落ちた。
亡霊たちは、まだこの書庫の奥で眠っている。
だが、それはもう“忘れられた記録”ではない。
クラリスとエルミナが、その扉を開いたのだから。




