第15話:虚偽訂正室──王妃の記録と、書き換えられた忠誠」
深奥の扉が重く閉じた音が、冷えた空気に反響する。
“虚偽訂正室”。
記録図書館の中でも、最も機密度が高く、アクセス制限が厳しい特別区画である。
正確には、「意図的に改竄された記録」だけが収蔵される、隔離された真実の保管庫──。
エルミナとクラリスは、その中央に浮かぶ大理石の記録台に目を向けた。
「……これは、王妃・マルグリート殿下の記録?」
クラリスが声を潜める。
記録台には、一冊の赤い記録簿が封印されていた。表紙には黒いインクで、“訂正対象記録:No.3745──マルグリート王妃側近選任に関する件”と記されている。
エルミナが慎重に結界を解き、封印を外す。
重々しい音とともに開かれたその記録には──
『本記録は、公文書偽装の可能性あり。
原本と照合の上、当該忠臣リース・アトウッドの選任理由に矛盾を認む。
選任は忠誠によるものではなく、“王妃による私的な脅迫”の結果と推定される』
「……忠臣だとされていた人物が、実際には脅されていた?」
クラリスは目を見開いた。
リース・アトウッド──事件当時、王妃付きの筆頭側近として君臨していた人物。
彼は法廷でも証言台に立ち、「クラリスが毒を仕込んだ瞬間を目撃した」と証言した最重要証人だ。
「もし彼の忠誠が偽りで、脅迫のもとで供述していたなら──私の断罪も、すべて虚構の上に成り立っていたことになる」
エルミナが記録の一節をなぞる。
『リース・アトウッドの妹・リラは、王妃付き侍女としての勤務中に不審死。
王妃の命令に背いた後のこととされ、死因不明のまま処理。
以後、アトウッドは王妃の命に忠実となる』
「……人質代わりに、妹の命を奪われた」
クラリスの手が震える。
「そんな……こんなやり方で、記録が“公式の真実”として扱われていたなんて……」
「ここが“虚偽訂正室”なのよ、クラリス」
エルミナの声は冷静だった。
「この部屋にある記録は、全て“上書きされた真実”を元にしている。
真実と嘘の境界が、最も曖昧にされた記録ばかり」
クラリスは唇を噛んだ。
「つまり、リースの証言が王妃の命令による偽証だったなら──
私が“毒を盛った”という証拠は、根拠のない嘘。あの日の断罪そのものが……」
「ええ。すでに一つ、論理が崩れた」
エルミナは記録を閉じ、ロックをかける。
「リース・アトウッドの所在は?」
「失踪中とされています。事件後すぐに国外逃亡したと……でも、逃げる必要のある“忠臣”なんて、初めから矛盾していたのよ」
クラリスの目が鋭く光る。
「追うべきね。彼がまだ生きていれば──証言をひっくり返すことができる」
「ただし注意して。王妃がこの記録を“隠していた”以上、誰かが彼の口を封じようと動いているはず」
エルミナは、室内の最後の壁に貼られた「記録削除要請一覧」に目を留めた。
そこには、つい先週の日付で──
『削除申請記録:No.3745──対象:リース・アトウッドの関係記録、並びに関連証言』
と記されていた。
「……もう動いてるわ。王妃か、それとも別の“何者か”が」
クラリスは静かに頷いた。
「間に合ううちに、真実を手に入れないと──次に殺されるのは、彼か私たちかもしれない」
部屋の空気が張り詰める。
二人は再び封印を施し、記録を記録室の奥に戻すと、まっすぐに踵を返した。
向かう先は、リース・アトウッドの消えた足跡。
そこに、“断罪劇”の最大のほころびが隠されていた。




