第14話:記録の迷宮と、二人の館長代理
静寂の中で、古びた扉がゆっくりと軋んだ。
“十三年前の扉”──図書館の最深部に封印されていたその入口を、エルミナが開け放ったとき、まるで時間そのものが凍りついたようだった。
奥に広がっていたのは、幾何学的に並べられた書架群──だがそれは通常の書庫とは違い、どの本にも背表紙がなく、代わりに“年月日”と“人物名”が刻まれていた。
「これ……すべて、人の記憶?」
傍らで息を呑んだのは、クラリス。先ほどまで厳しく張り詰めていたその表情も、今は驚愕と畏れに染まっている。
「ここは“記録の迷宮”。正式には、“精神記録層──ラビュリントス”と呼ばれる区画です」
リナが静かに言う。
「特別許可がなければ入ることもできない……けれど、エルミナさんは、その許可証を持っていた。十三年前の館長代理が、彼女にだけ残していたものです」
クラリスは、はっと顔を上げた。
「十三年前……あなたの前の“代理館長”が?」
リナは小さく頷いた。
「かつてこの図書館が火災に見舞われたとき、すべての記録が焼け落ちたとされていました。でも──それは、偽りの真実だったのです」
エルミナは無言のまま、奥へと歩を進めた。その先、記録の迷宮の中ほどにぽつんと浮かぶように置かれた、一冊の分厚い記録簿。
金の箔押しで“記録:代理館長カルセリア・フィーン”と綴られていた。
「カルセリア……」
クラリスが息を呑む。
「まさか……この名前、十年以上前に行方不明になった王立図書館の天才管理官──彼女が、あなたの前任?」
リナはゆっくりと頷いた。
「はい。そして──私の姉でもあります」
エルミナが振り返る。
「リナさん、どうして今までそのことを?」
「彼女が遺した記録に……“真実が語られる時、第二の死者が出る”と、そう記されていたからです」
クラリスは身を強張らせる。
「つまり、十三年前の火災は、記録の焼失ではなく、“真実の隠蔽”のために行われた。そして、その時カルセリアは──?」
「火災の責任を被せられたのです。館長代理の権限を奪われ、追放され、記録上から“抹消”されました。……でも、彼女は最後まで抵抗した」
リナの声が震える。
「その手段が、この“記録の迷宮”の中に、自身の全記憶と事件の全貌を封印することだったのです」
エルミナは記録簿を開いた。
そこには、カルセリアが肉筆で綴った記録がびっしりと残っていた。
──そして、その一節。
『エルミナを託す。彼女の出生には、“二つの家系の記録”が交錯している。王家と、記録管理官家系の両方に──』
クラリスが目を見開く。
「エルミナ……あなたの父は、王家の人間?」
エルミナはゆっくりと頷いた。
「正確には、王弟殿下です。母は、王立図書館の記録管理官だった女性。そして私は、両家の記録に記されていない、存在しない子供──」
リナが言葉を継ぐ。
「存在を“記録から抹消”された少女。あなたは“記録に記されない者”として生まれた。その意味では、この記録の迷宮こそ、あなたの“出生地”でもある」
クラリスの目に、涙が浮かぶ。
「そんな運命を……あなた一人に……」
エルミナは首を横に振った。
「違うわ、クラリス。私はこの図書館に守られた。そして今度は、私がこの図書館を、真実を守る」
そう言って、彼女はカルセリアの記録簿を手にしたまま、記録迷宮の中心へと進む。
その奥、封じられた第二の記録室──“虚偽訂正室”へと向かうために。
「次は、“偽りの真実”を一つずつ訂正していく番よ」
そして、静かに扉が閉じた。
2話更新が終わったので、一度完結済みにしておきます。
明日以降執筆が終わり次第、再開します。




