第12話:無言の証言者たち
薄明かりの厨房は、朝が来てもなお夜を引きずっているかのようだった。
銀のやかんの口から、かすかな蒸気が立ちのぼる。その脇には、すでに数十回拭かれた跡が残る給湯台、そして無数の茶葉が保管された木箱。その中に、何者かが何かを仕掛けた痕跡があった。
クラリスは、静かに木箱を開けた。
──やはり、あった。
茶葉の中に、わずかに混入された別種の葉。しかしそれは毒ではなかった。正確には、「ある成分」が欠けている。むしろ、何かを「抜いた」痕跡──。
「この成分……なぜ、消されているの?」
エルミナの問いに、クラリスは答えず、茶葉の一部を銀の小瓶に収めた。検出された成分は、王族の血脈にだけ作用する特殊な薬草。服用した者の「記憶の定着」を一時的に阻害する。
それは、まるで──真実そのものを消すための「毒」だった。
「茶の中に、毒ではなく“記憶を曖昧にする成分”が含まれていた。王妃が意図的に加えさせた可能性が高い」
エルミナは思わず息を呑んだ。
「でも、それは……なぜ?」
「記憶を消す必要がある“場面”があったのよ。誰かに、真実を知られたくない理由が」
クラリスは厨房を後にし、続いて調達担当の部屋へと向かった。だがそこは、既に荒らされていた。
帳簿も、茶葉の仕入れ先の控えも、すべて焼却済み。わずかに残された灰の山だけが、情報の痕跡を物語る。
「……誰かが証拠を消そうと動いている」
クラリスの声に、エルミナが重ねた。
「まるで、誰かが“見られてはならない記憶”を消して回っているみたい」
二人は顔を見合わせた。
「これは、ただの宮廷の毒殺未遂じゃない。記憶を操る“物語”そのものが、どこかで改竄されてる」
クラリスは小声で呟いた。
「記憶を消す薬、仕入れ記録の焼却、そして“予言者ノエル”の言葉……どこかで全部がつながってる。鍵はきっと、“あの図書館”」
異界図書館──人の記憶と物語が編まれる、あの閉ざされた知の殿堂。
その深奥に、王妃が隠した記憶があるのなら。
そこには、まだ誰も読んだことのない“真実の書”が眠っているのかもしれない。
クラリスは、密かに銀の栞をポケットにしのばせた。
それは、かつて図書館の番人から手渡された「鍵」。記憶に触れる唯一の手段。
「行くわよ、エルミナ。今度は、記憶そのものを“読む”の」
静かな決意とともに、少女たちは歩を進めた。
今なお夜を抱く王宮の廊下を、まるで物語の続きを紡ぐように。
2話更新が終わったので、一度完結済みにしておきます。
明日以降執筆が終わり次第、再開します。




