第10話:告白と虚構
王城・第三応接室。
そこは、かつてクラリスが“婚約者”として王太子と頻繁に言葉を交わしていた場所だった。
だが今日、その場にあるのは、柔らかな愛情ではない。鋭く張り詰めた空気だった。
「クラリス……いや、ヴェルンシュタイン嬢」
先に口を開いたのは、王太子アレクセイ。
美貌と知性を兼ね備えたその青年は、クラリスに対して穏やかな微笑を浮かべた。
だがその笑みには、どこか嘘の匂いがした。
「わざわざこの場を設けたのは、“私の判断”ではないことを先に断っておく。父上の命令だ」
「そうでしょうね。あなたは、自ら私と再会しようとは思わないでしょう。
断罪した“元婚約者”の顔など、見たくもないはず」
クラリスは椅子に腰かけ、真っ直ぐに彼を見据えた。
鞄から、一枚の写しを差し出す。
「これは、あなたが事件翌日に記録室を訪れた“記録ログ”よ。
そしてその直後、王妃毒殺未遂の補正記録に、“私の名前”が加えられた」
アレクセイは目を細めると、書類に軽く目を走らせ、ため息をついた。
「……懐かしい文体だな。これはたしかに“補正された文書”だ。だが、私が書き加えたわけではない」
「では、あなたは“その事実を知らなかった”と?」
「……否。知っていた。だが、止めることはできなかった」
クラリスの目が細くなる。
「あなたは、“見過ごした”のね? 冤罪で私が告発され、断罪されるのを?」
「……あの日、あの場で君を救えば、国中の信頼を一度に失うことになった。
王妃は昏睡。世論は毒を盛った者を探していた。“誰か”を差し出さなければ、混乱は収まらなかった」
クラリスの口元がひくついた。
「そしてその“誰か”に、最も都合がよかったのが──“私”だったのね。
王妃に疎まれ、宮廷で煙たがられ、王太子の婚約者という立場が盾になると思われていた」
アレクセイは俯き、静かに言葉を漏らした。
「……君が無実だとは、最初から思っていた。
だが、あのとき私は“王国の安定”を選んだ。君一人を犠牲にすれば、それで済むと──そう信じ込もうとした」
その言葉を聞いても、クラリスは怒りを爆発させなかった。
むしろ、冷ややかな目で問いを重ねた。
「では、なぜ記録を補正したの? 事実を曲げ、“嘘”を王国の公式記録とした?」
「……その命令は、私ではない。補正を命じたのは“母上”――王妃陛下だ」
「……っ、王妃が……? 自らが毒を盛られた事件なのに……?」
アレクセイは重くうなずいた。
「毒は……王妃自らの指示で、“自分の茶に混入”させられたものだった。
彼女は、その“茶葉の調達ルート”にある“敵”を焙り出すため、“自ら倒れる”ことを選んだ。
だが事態は想定を超え、彼女は危篤に陥った。
そして……目覚めた直後、こう命じた。“ヴェルンシュタイン嬢を犯人として処理せよ”と」
クラリスは立ち上がった。背筋が冷たく震えるのを感じながら。
「なぜ私なの? なぜそこまでして……!」
「……お前は、あまりに“知りすぎた”。そして、記録を重んじる者として“危険視された”。
母上にとっては、いずれ自身の“権威と制度”を脅かす存在だったのだろう」
クラリスは静かに椅子の背にもたれた。
王妃による自作自演の毒殺劇。
王太子の黙認。
そして、記録という“真実”さえも塗り替えられるこの王国。
(……ならば、私が正さなければ。この国の“嘘の中枢”を)
クラリスは、アレクセイを見た。
「あなたにとって私は、何だったの?」
その問いに、アレクセイは答えなかった。
ただ、机の上に視線を落としたまま、こう告げた。
「……次に会うときは、“裁かれる側”として君に立ち会うことになるかもしれないな」
クラリスは、背を向けて歩き出した。
この国に潜む“偽りの記録”と、王家に連なる“真実の改ざん”。
その全てを、暴くために。
書き終わった話の掲載が終わったので、一度完結済みにしておきます。
明日以降執筆が終わり次第、再開します。




