第7話:二重の証言、ひとつの嘘
予言者ノエルの最後の夢――その断片的な文言が、クラリスの思考を脳裏から離れなかった。
『白き杯に影落ちし時、二重の証言は矛盾を孕む。』
白き杯。それは、王妃に供されたあの“毒入りの茶器”を指すのだろう。
そして“二重の証言”とは、あの日、王妃の執務室に茶を届けた“時間”を語った二人の証人――侍女マリエンヌと、王室記録官エドゥアルド――の証言に他ならない。
「……このふたりの証言には、どちらかに嘘がある」
クラリスはまず、城下町に住む侍女マリエンヌを訪ねた。彼女は事件直後に職を辞し、現在は教会の施療院で働いていた。
マリエンヌは最初こそ面会を渋ったが、「事件記録の確認をしている」と説明すると、ようやく口を開いた。
「……はい、王妃様に茶をお届けしたのは、“午後一時半”です。記録でもそうなっていたはずです」
「一時半、と証言された理由は?」
「私が茶葉を煎じてから、王妃様の元にお持ちするまで正確に十五分。その時、執務室の柱時計が“二”に届く直前だったのをはっきり覚えています。……王妃様は、薬草茶をお好みで」
彼女の記憶は、数字と行動に裏打ちされた“細部”を伴っていた。
次にクラリスは、王室記録官・エドゥアルドに接触する。現在は一線を退き、城内の文官部で静かに過ごしていた。
「……王妃に茶が届けられたのは午後“二時きっかり”だよ。あの日の記録にもそう残してある」
「二時。ですが、侍女は一時半と言っています。しかも、王妃の柱時計を見たと」
「ふん、彼女の記憶違いだろう。あの柱時計は遅れていたと聞く」
エドゥアルドは肩をすくめたが、クラリスは即座に問い返した。
「……その“遅れていた”という証拠は?」
「証拠? そんなもの、王妃の侍医が……いや、誰かが言っていたはずだ」
クラリスは確信した。――これは、“後づけの証言”だ。
さらに彼の記録を調べると、決定的な違和感が見つかった。
エドゥアルドが記した“記録書”には、日付印の横に、筆跡の違う文字が挟まれていた。
茶の提供時刻――「十四時」。その数字だけ、筆圧が浅く、墨の色も微妙に違っていた。
(これは、後から書き足された……?)
さらに、エドゥアルドの私室から“下書き”とみられる草稿も発見された。そこには、はっきりと「十三時三〇分」の記載が。
「……やはり、記録は改ざんされていたのね」
クラリスはその証拠を写し取り、書簡に封じた。
それは、自身の冤罪を晴らすための、小さくも決定的な一歩。
“二重の証言”のうち、本当を語っていたのは、現場にいた侍女の方だった。
一方、記録官は、何者かの“指示”で、茶の到着時刻を“午後二時”に改ざんしていた。
――なぜ、そんなことを?
クラリスは考える。二時に茶が届いたことにすれば、“クラリスが王妃に毒を盛る”筋書きが成り立つからだ。
(つまり、私が“犯人であるように見せるため”、時間が操作された)
動機は、明確。だが命令を出した“黒幕”は、依然として闇の中にいる。
ノエルの予言が正しかったとすれば、真犯人は“記録の裏”にいる。
その人物の名前を掴むには、もう一歩踏み込む必要がある。
クラリスは静かに、エドゥアルドの部屋の奥、封印された“非公開文書棚”に手を伸ばした――。




