第6話:予言者ノエルの最後の夢
翌朝、クラリスは神殿街の裏手にひっそり佇む、かつての“夢見の間”を訪れていた。
そこは、王都で一時期名を馳せた若き予言者――ノエルが拠点としていた場所だ。
彼は数年前、王妃の信任を受けるも、ある日突然消息を絶った。
だが、クラリスは記録の片隅に気づいたのだ。
――断罪の二日前、ノエルが最後に口にした“予言”が封印されたと。
「ようこそ、お嬢様……。あの人の“最後の夢”を見に来たのですね」
出迎えたのは老いた巫女だった。白く濁った瞳に微かな光が宿る。
「私はクラリス・ヴェルンシュタイン。あなたにお聞きしたいのは、ノエルが最後に語った予言について。……それは、私の冤罪に関係しているはずです」
老巫女はため息をつき、部屋の奥へとクラリスを導いた。
木製の祭壇に、灰色の羊皮紙が一枚だけ残されていた。
「これが……彼の“最後の夢”の断片です。正式な記録として王家に届けられる前に、なぜか“破棄”されました」
クラリスは羊皮紙に目を通す。そこには、短いが不気味な文が綴られていた。
『白き杯に影落ちし時、二重の証言は矛盾を孕む。
無実の手は、毒を握らず。
だが真に汚れし手は、記録の裏に潜む。』
クラリスは息を呑んだ。これは明らかに、王妃毒殺未遂事件を指している。
「“二重の証言”……? これは、王妃の侍女と記録官の証言が、互いに食い違っているという意味?」
老巫女は頷いた。
「ノエル様は、『真実は記録にない。記録に“潜む”』と繰り返していました。表層の記録だけでは、罪は暴けないのです」
「……まさに今の私と同じ結論に辿り着いていたということね。彼も、事件に何かを見た。でも、その直後に姿を消したのよね?」
「はい。彼は予言の後、“記録管理局”に出向いたきり、戻ってきませんでした」
記録管理局――そこは、アステリア伯の直轄部門。前話で明らかになった“黒衣の記録者”とも接点があるはずだ。
「……ありがとう。これで点がつながった。ノエルの予言は、単なる夢ではなく、真相に至る鍵になる」
クラリスは羊皮紙を返し、立ち上がった。
「私は行きます。黒衣の記録者を見つける。そして、記録の“裏側”に隠された真実を暴くわ」
老巫女の声が背に届いた。
「クラリス様、夢に飲まれぬよう……どうかお気をつけて。真実は、時に毒よりも深く人を蝕みます」
だがクラリスは、もうためらわなかった。
冤罪を晴らすために、彼女はすでに“夢”ではなく“記録”の迷宮に踏み込んでいた。




