第3話:菓子に仕込まれた毒と、無自覚の証人
──王妃が倒れた原因は、菓子に仕込まれた“ストロファンシン”。
それは私の記憶に刻まれた記録であり、いま実際に厨房で痕跡も確認できた。
ならば、次に追うべきは――菓子を作った者だ。
「……厨房見習いのメアリ・グラッセ。十五歳。前回の人生では、結局“ただの替えの当番”と処理されたはず」
私はメアリのいる使用人寮へと足を運んだ。
「クラリス様……!? ど、どうしてこんなところに……っ」
寮の裏手、洗濯干し場。
小柄な少女が、手に洗濯籠を抱えて振り返った。
ふわふわの栗毛に、幼い印象の顔立ち。これが、事件当日、王妃の菓子を作った見習い――メアリ。
「あなたに話があるの。少しだけ時間をもらえるかしら?」
「え……ええ、もちろんです……」
メアリは緊張した面持ちで、私に従った。
私は、寮から離れた中庭のベンチに腰を下ろし、言葉を選びながら口を開いた。
「単刀直入に聞くわ。──あの日、あなたが作った菓子に“代役を命じた人”は誰だった?」
「え……」
メアリの目が揺れる。
そうだ、彼女は“無自覚”なまま、毒の混入を手伝わされていた。
「私が知る限り、本来の菓子担当はルースのはずだった。なのに、前日急に体調を崩し、代役としてあなたが任された」
「は、はい……そうです。ルースさんが高熱を出して倒れてしまって。急遽、厨房長に呼ばれて……」
「“厨房長”に呼ばれた? それは確か?」
「……いえ、えっと……そう言われただけで、実際に顔は見ていません。伝令の人が来て、『厨房長の命令で、あなたが明日の菓子担当だ』って」
「その伝令は誰?」
メアリは逡巡し、震える指で口元を押さえた。
「た、たぶん……警備詰所のバート様だったと思います。でも、その日は顔が半分隠れていて……マスクのようなものをしていたから、確信はなくて……」
(やはり、“バート”)
厨房の毒痕跡に関する記録と、セラス副長が語っていた“矛盾”した証言に名があった男。
そして今、別の目撃証言でもその名が出てきた。
「……メアリ、あなたは毒を入れた覚えはある?」
「え? そ、そんな……あるわけがありません! 私、毒なんて触ったことも……」
「では、誰かが“仕込み済み”の材料を渡してきた可能性は?」
「えっ……?」
彼女の顔が青ざめていく。ゆっくりと、記憶を辿るように語りはじめた。
「そういえば……粉砂糖の瓶が空で……私が取りに行こうとしたら、“既に用意されている”って、小瓶を渡されたんです。誰にかは、覚えてなくて……手袋をした人で、顔も見えなかった……」
「どこで?」
「厨房の、裏口の近くの……物陰でした」
(“顔の見えない伝令”と“裏口で手渡された粉砂糖”……意図的だ。メアリに罪を問えないよう、“無自覚”に動かされた)
つまりこの事件は、菓子を作らせる人物、毒を混入させる人物、証言をコントロールする人物──複数犯の可能性が高い。
「ありがとう、メアリ。あなたは何も悪くない。むしろ、あなたの証言がなければ、真相には近づけなかった」
「で、でも私、まさか毒を混ぜたなんて……そ、そんな……ッ!」
「大丈夫よ」
私は、メアリの震える肩をそっと抱いた。
「このままだと、あなたも“罪人”にされかねない。けれど、私は……その未来を変える」
夕刻、私は再びノートを広げ、整理を始めた。
【新たな事実】
・見習いメアリは、当日“粉砂糖の小瓶”を手渡されている
・ルースの体調不良は、“前日夜”に仕組まれていた可能性
・厨房長の名を騙った“伝令”が、任命を偽装
・複数の人物が、異なる役割で関与している可能性あり
(これは、単なる私怨や嫉妬ではない。──もっと、大きな意図がある)
なぜ“王妃”が狙われたのか。
なぜ私が“濡れ衣”を着せられたのか。
その理由が、まだ見えてこない。
ふと、誰かの声が聞こえた。
「クラリス嬢。報告がある」
扉を開けたのは、セラス副長だった。
「詰所のバートだが、三日前から“行方不明”になっている。だが、正式な異動届けが提出されていた」
「異動届け……誰が出したの?」
「王宮人事局の印があった。だが、署名が偽造の可能性がある。──文書管理係のひとりが、不審な動きをしていたと聞いた」
私は立ち上がる。
「つまり、記録自体が改ざんされていた……バートの動きを隠すために」
セラスは静かに頷いた。
「“誰か”が、王妃を毒殺し、君を罪人に仕立て、関係者を記録から消そうとしている。もはや、偶然では済まされない」
「……これで“偶然”だと言えるなら、それこそ魔法でしょうね」
私は目を細め、記録の最下段に書き記した。
──事件は、計画されたものである。
──真犯人は、王宮の“記録”と“人事”にまで手を伸ばしている。




