第2話:火の予言と沈黙の子羊
修道院の東塔にある禁書室。その片隅で、クラリスは焼け残った紙片を机に広げ、息を潜めていた。
『八月二十三日、灰の予言が成される。王が落ち、火が城を包む。』
それは、確かに「未来の出来事」を示唆する言葉──しかも、王の死と城の火災という、国家を揺るがす出来事。
「未来が、定まっているなら……」
呟きながら、クラリスは紙片の繊維を丹念に調べる。
書かれていたインクは特殊な金属成分を含んでおり、熱で浮き出るよう加工されていた。
「これは……“灰のインク”。火の中でしか発現しない、古術の一種。つまり、これは“燃えること”を前提にした文書だった……」
記録として残す意図ではない。読む者を選ぶ“警告”──もしくは、“導き”。
そのとき。
「……こほん。失礼いたします」
扉の向こうから、ためらうような声がした。
「どうぞ」
入ってきたのは、修道院の少年使徒、ラファエルだった。彼は手に何かを持っている。
「これ……小羊舎の奥から見つかったそうです。今朝、誰もいないはずの納屋に置かれていたとか」
差し出されたのは、一冊の小さな写本。表紙には、ラテン語で《VERITAS》(真実)とだけ刻まれている。
ぱらぱらとめくると、中身は断片的な記録と短い詩ばかり。
だが、その一節がクラリスの目を射抜いた。
《灰は生まれ、火は巡り、再び炎へ。
沈黙の子羊が叫ぶ時、灰の予言は叶えられる》
「“沈黙の子羊”……?」
ラファエルが身を固くする。
「クラリス様。“沈黙の子羊”とは、かつてこの修道院にいた孤児の暗号名です。予知夢を見る力があるとされ……けれど、ある日、急に口を閉ざし、二年前に姿を消しました」
「──“予知夢”……まさか、彼女が“預言者”だった?」
「たぶん、そうです。ですが……彼女は、亡くなったと聞いています。名前も……“ノエル”。」
クラリスは手帳にその名を記す。
──ノエル。予知夢の力を持った少女。火の予言の出所。そして、おそらく、今も誰かに狙われている。
「灰の予言を伝えたのがノエルだとしたら……なぜ沈黙したの?」
その謎に答えるかのように、写本の裏表紙に、別の文言が隠されていた。クラリスは慎重に金属筆でこすり出す。
《“予言は変えられない”と言われた。
でも、私はそれを信じない。
彼女が現れれば、運命は変わる。》
彼女。──“記録の乙女”。
「……私に、運命を変えろと?」
まだ戸惑いの中にあるが、クラリスは確かに感じていた。
これはただの偶然ではない。記録を読み、書き換える力を持つ自分にしか、できないことがある。
その日の午後。修道院の台所で、ふいに小さな爆発音が響いた。
「っ……火?!」
火の手はすぐに消し止められた。が、それは警告のようだった。
「これは“模倣”だ」と、司書長カリスタが静かに言った。
「誰かが“火の予言”を実現させようとしている。あるいは、予言を利用しているのかもね」
クラリスは、崩れた台所の床に転がっていた金属片に目を留めた。
──《灰のインク》を煮るための特殊な器具。
「誰かが、予言を“演出”してる……?」
ならば、それは真の未来ではない。“書き換えられた未来”だ。
彼女は記録の手帳に記す。
『火の予言は、真実か、仕掛けられた幻か。
ノエルの記録を辿り、真実の火を見極めよ』
これから始まるのは、“未来”の推理。
事件は起きる前にすでに始まり、記録され、そして──書き換えられようとしていた。




