第18話:特別聴聞会──沈黙する者、語る者
朝靄に煙る王宮の中央議事堂。
今日ここで、女官長ヴァレリアに関する特別聴聞会が開かれる。
──形式は“女官の不正に関する事実確認”。
──実態は“クラリス・ヴェルンシュタインの断罪劇の裏に何があったのか”を問う場。
だが、その主賓であるはずの王妃・ルシアナは、ついに姿を見せなかった。
「王妃陛下はご体調が優れぬとのことで、本日の出席は叶わぬとの通達がありました」
ユリウスが淡々と告げると、議事堂内には薄くざわめきが走った。
(……予想通り、正面には立たないつもりね)
クラリスは、中央に設えられた発言台の前に立ち、視線を一度、周囲に巡らせる。
──王弟レオンハルト殿下。その後ろに控える宦官頭ユリウス。
──一部始終を監督する侍医長ミランダ。
──そして、かつての学友にして、いまや「王太子妃候補」と噂される少女、クロエ・ファルノワ。
(なぜクロエがここに……?)
その疑問を抱きつつも、クラリスは証言を始める。
「──私は三年前、“毒を盛った”という疑いで断罪されました。
けれどその毒、“ローゼル精”は、当時の薬品保管記録には存在していませんでした」
それは“あってはならない”はずの事実。
「加えて、毒物管理簿は後に改竄されており、署名者は女官長ヴァレリア。さらに、この“ヴァレリアの供述書”をご覧ください」
ユリウスに手渡された文書が読み上げられると、場の空気が変わった。
「──私は、王妃陛下のご意向に従い、“薬品名を訂正した”のです。これは……公務命令でした」
会場がざわつく。
王妃の指示で毒物の記録を改竄した。
それは、“冤罪の土台が作られた”ことを意味する。
「さらに、昨夜。私は“クラヴィスの実”──神経に作用する毒を混ぜられた茶を飲まされかけました。もちろん、証拠として保存してあります」
クラリスは茶を包んだ布と簡易検査薬の結果を提出する。
それは決して致死量ではない。だが「証言能力の喪失」を狙うには十分だった。
クロエが、その唇を少しだけ噛みしめたのを、クラリスは見逃さなかった。
(……気づいている。彼女もまた、“王妃のやり方”に)
やがて、ユリウスが問いかける。
「あなたの証言は王妃陛下の意向と衝突します。それでも述べる覚悟は?」
「はい。私はもう、“沈黙の悪役令嬢”ではありません」
クラリスははっきりと答えた。
「これは復讐ではありません。──ただ、もう誰かが理不尽に断罪されることのないよう、記録を正すだけです」
その言葉に、誰かが小さく息を呑んだ。
──王弟レオンハルトだった。
聴聞会は一時中断された。証拠の照合、王妃陣営への連絡、そして最終的な判断の準備のために。
その間、クロエがそっとクラリスに歩み寄った。
「……あなたは、変わらないわね。昔から、正しいと信じたことは曲げない」
「クロエ……なぜ、ここに?」
「……王妃陛下に、“味方しろ”と言われたわ。でも、今日のあなたを見て……分かったの。私は、ただ“王妃の器”として使われていただけだったのね」
「……」
「クラリス。これからは、“味方”でいさせて。かつては争ったけれど──もう、私も沈黙するつもりはない」
それは、まるで三年前の“因縁”を越えた告白だった。
午後、議事堂に再び人が集まったとき──
「女官長ヴァレリアの処分については、正式な調査と処罰を王宮内で進めるものとする。王妃陛下に関する疑念は、これより王弟殿下の指揮により、別途調査される」
ユリウスの言葉に、静かな拍手が起きた。
その中心に立つクラリスの背は、もう“断罪された少女”のそれではなかった。




