第16話:女官長ヴァレリアの告白
王宮の一角、日も昇らぬ早朝。
人目を避けるようにしてクラリスとユリウスは、女官長ヴァレリアの私室を訪れた。
応対に出たのは、年老いた女官長本人だった。
「……これは、どういうつもりでございましょう?」
シワの刻まれた目が、クラリスを見据える。その奥にあるのは苛立ちではない。寧ろ、警戒と……諦め。
「ヴァレリア女官長。これは、禁記保管室の入室記録です。そしてこちらが、記録の“改ざん”の痕跡」
クラリスは静かに、封をした文書と記録ノートを差し出した。
ヴァレリアの手が、かすかに震える。
「これを、どこで……?」
「あなたが命じた侍女の動きと一致します。しかも“記録にある毒の分配ルート”は、真実と食い違っている」
クラリスの声に、感情はこもっていない。ただ、証拠が語っている──そういう言い方だった。
「……あの方(王妃ルシアナ)を、失脚させるおつもりですか?」
「私は、冤罪を晴らしたいだけです」
そう言い切ったクラリスを、ヴァレリアはしばし沈黙のうちに見つめた。
やがて、その重苦しい沈黙を破るように、老いた唇が動いた。
「──あの方は、若き日に“奪った”のです」
「……何を、ですか?」
「王位継承の“正統性”です。本来、妃として王と結ばれるはずだったのは、先代妃レティシア。だが王妃は、毒と謀略で彼女を“狂人”に仕立てた」
クラリスは息をのんだ。
「狂人のように振る舞った先代妃を、私は知っているつもりでした。でも、あれが“演技”だったとすれば……」
「演技ではありませんでした。毒を盛られていたのです。じわじわと精神を蝕む種類の」
ヴァレリアは、椅子に腰を下ろし、過去を語り出す。
「私も最初は、ただの女官でした。ですがルシアナ様に拾われ、出世しました。やがて、あの方が何をして王妃の座に就いたのかも、知りました……」
「……知って、なお仕え続けたんですね」
「はい。恐ろしいことですが、あの方は“決して勝てぬ強さ”を持っていました。仕えるほかなかったのです」
ヴァレリアは記録ノートを見つめた。
「だが、あなたは違う。あなたは、“敗れても立ち上がる者”だ。ルシアナ様には、それができなかった」
「では……証言していただけますか? この改ざんの事実を」
老女官長の瞳に、一瞬、迷いの色が浮かんだ。
「……私は、王妃様に全てを尽くしてきた。ですが、それが正しかったかは……もう分からない」
「ならば、せめて最後に正していただきたい。今、口を開かなければ──また誰かが、冤罪で命を失います」
クラリスの声に、嘘はなかった。
それが、ヴァレリアの決断を揺さぶった。
「……分かりました。私が“記録改ざん”を命じたこと、証言いたしましょう」
その言葉を聞いた瞬間、クラリスは緊張を解き、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
ヴァレリアの横顔に、かすかに微笑が浮かんだ。それは、長年仕えてきた王妃に対する忠義の終わりと、自身の償いの始まりでもあった。
部屋の外で待っていたアイリーンが、クラリスの帰還を見てうなずく。
「……これで、王妃陣営は決定的に不利になるわ」
「裁判を開かせます。堂々と、記録と証言を突きつけて──私の冤罪を晴らす」
クラリスの瞳には、決意の光があった。




