第15話;証拠を持つ者、記憶を継ぐ者
都へと戻る道中、馬車は遠回りの山道を辿っていた。瘴気を避け、王妃の追っ手をかわすための唯一の抜け道だった。
薄明の光が森の隙間から差し込む。
馬車の中、クラリスは膝の上に例の記録ノートを載せたまま、ページを見つめていた。
「……毒の配布記録が途中から“すり替えられて”る。処方依頼主も、対象も」
「つまり、王妃陣営の誰かが手を加えたということだな」
ユリウスが頷きながら言う。
「その上で、クラリスに“本来の毒使い”の罪をなすりつけた。精密に仕組まれた、見事な罠だ」
「でも、罠には綻びがある。ノートのページの一部──古いインクの上に、比較的新しいインクが重ねられていた」
アイリーンが小さく目を見開く。
「気づいていたのね。そう、王妃側が記録を“上書き”した痕跡。インクの成分分析をすれば、年代の違いがわかる」
「だからこそ、急いで私たちを消しに来た……」
クラリスは記録の端をそっと指でなぞる。ふと、視線が止まった。
──ページのすみ、小さな花の印。
「……これ、クロエの手記にもあった。同じ印が……」
アイリーンが表情を引き締めた。
「それは、“正妃レティシア”の私印よ。あの方は、記録を残す際に必ず“花の印”を記したの。意味は、“ここに真実あり”」
「まさか……この記録、もともとはレティシア様のもの?」
「ええ。先代妃は、かつて王妃ルシアナが行った“不正取引”を記録に残し、それを武器に戦おうとした。でも──」
「……抹殺されたんですね。記録も、存在も」
アイリーンは静かに目を伏せた。
「私も、守りきれなかった。だからあなたには、同じ道を歩ませたくない」
ユリウスがポケットから小さな巻物を取り出す。
「これは……?」
「“禁記保管室”の出入り記録だ。王宮内でも数人しか立ち入れないあの部屋に──半年前、王妃付き侍女が複数回、単独で入室していた記録がある」
「彼女たちが、“記録の上書き”を行った……!」
「そこを証明できれば、王妃の罪状は確定する。だがそのためには、“記録改ざんの痕跡”と“改ざん者の動機”を結びつける決定打が必要だ」
クラリスは深く息を吸い込んだ。
「……記録はある。動機もある。あとは──王妃の側近の誰かを崩す」
アイリーンが呟いた。
「崩せるとすれば……ルシアナの側近、女官長ヴァレリアかもしれない」
「彼女、王妃が即位する前から付き従っていた人物ですね」
「忠誠心は強いが、記録には弱い。“過去の罪”を暴かれれば、口を開くかもしれない」
クラリスは目を伏せた。脳裏に、再び処刑台の光景が浮かぶ。
(今なら、同じ過ちを繰り返さずに済むかもしれない)
「──やります。ヴァレリア女官長に接触して、記録を突きつける」
馬車が都の外れに入ったとき、早朝の鐘が遠くから鳴り響いた。
新たな一日が始まる。
そして、過去を書き換える戦いの一歩が、静かに踏み出されたのだった。




