第14話:記録を奪う者たち
王妃直属の近衛隊が、灰の森に殺到していた。
瘴気の中をものともせずに進軍する様は、まるで毒にさえ免疫を持った獣のようだった。先頭に立つ近衛隊長グレイスは、冷酷な眼差しでクラリスたちを見据えている。
「クラリス・ヴェルンシュタイン、証人隠匿および国家機密記録の不正閲覧により、王命により再拘束する!」
ユリウスは彼女の前に立ちふさがった。
「その命令は不当だ。正当な法的手続きによって、我々は“異議申し立て”の調査権限を得ている」
「無意味だ。いまや“仮釈放”の期限は無効とされた。王妃陛下の新たな御意志によって、すべては白紙に戻されたのだから」
「……王妃が、ここまで早く動くなんて……!」
クラリスは、手にした証拠ノートをぎゅっと握る。確かに、そこには明確な記録がある。“毒薬の処方依頼”“処方対象の変更”“使用目的”。
だが、それを裁きの場に持ち込む前に、握りつぶそうというのだ。
「ユリウス。ここで捕まれば、もう“再審”の道は断たれる……!」
彼は頷いた。
「アイリーン師匠。ここに隠し通路か、抜け道はありませんか?」
「……あるにはあるが、瘴気が濃すぎる。防護具がなければ、数分で意識を失う」
クラリスはふと、ポーチから小さな金属瓶を取り出した。
それは、かつてクロエが残してくれた“瘴気中和剤”の試作液。少量であれば、しばらくの間、体内への毒素の侵入を遅らせる作用がある。
「これがあれば……たぶん、10分は保てる」
ユリウスとアイリーンが顔を見合わせた。
「……強行突破、か」
「選択肢はそれしかない」
グレイスが叫んだ。
「抵抗するなら、実力行使に移る!」
その言葉と同時に、十数人の兵が一斉に走り出す。剣の反射が木漏れ日にきらめき、あたりが緊張に包まれる。
──だが、次の瞬間。
バシュッ、と何かが空気を裂く音とともに、前方の地面が爆ぜた。
薬瓶。──煙幕弾だ。
「今のうちに!」
アイリーンが林の奥へと走り出す。クラリスはノートを抱き、ユリウスとともに後を追った。
瘴気が濃い。空気がざらつく。頭がぼんやりしてくる。
(大丈夫。これは幻覚じゃない。現実を逃げちゃいけない……!)
やがて、枯れた藤棚の奥に、古びた抜け道の入り口が見えてきた。鉄格子のような扉をこじ開け、三人は身をかがめて滑り込む。
後ろからは、兵士たちの叫びが遠ざかっていく。
闇の中、ユリウスが息を切らしながら言った。
「……奴ら、完全に記録を“抹消”しにきてる」
「……王妃は、記録そのものを“罪”にするつもりね」
クラリスの指先が震えていた。けれど、彼女の瞳は決して揺れていなかった。
「なら私は、その“罪の記録”を武器にする」
「クラリス……」
「私が生き延びて、この記録を“証拠”として裁きの場に持ち出さなければ、また同じように誰かが罪を着せられる。王妃のような者に、真実を塗り潰される」
アイリーンがつぶやく。
「……まるで、あのときの“レティシア”を見ているようだわ」
「……レティシア?」
「私がかつて仕えていた、先代の“正妃”の名よ。あの方もまた、記録によって戦い、記録によって敗れた人だった」
「それは──どういう……」
「……この件が片付いたら話してあげる。あなたなら、知る資格があるわ」
クラリスは強く頷いた。
彼女の中で、記録というものがただの過去の写しではなく、未来を照らす“剣”に変わっていくのを感じていた。




