第2話:二日前に戻った悪役令嬢、証拠を探る
目覚めてすぐ、私は自室の引き出しを乱暴に開け放った。
あった。
──“記録ノート”。
王妃毒殺未遂事件に関する、すべての記録を私が手元でまとめていたものだ。
とはいえ、公的な証拠にはなり得ない。ただの“クラリスの私的な備忘録”にすぎないが、それでもこの中には真実がある。
「もう一度、時系列を整理する」
私は机に座ると、震える手でページを繰る。
【事件当日:記録(前回の人生)】
・午後二時、王妃陛下がティータイムの席で倒れる
・倒れる直前に口にしたのは〈柑橘風味の菓子〉
・菓子の担当は「厨房見習い・メアリ」だが、本来の担当はベテランのルース
・ルースは急な発熱により欠勤(前日夜に症状)
・事件後、厨房の調味料棚から“ストロファンシン”混入の痕跡
・その朝、厨房に入った第三者が複数目撃されていたが、記録から抹消されている
「……おかしいのよ。どう考えても、私が毒を盛ったとは筋が通らない」
事件当日、私は王妃の席に同席すらしていなかった。
それでも「王妃と不仲だった」という理由だけで、私は告発され、断罪された。
だが、私は確信している。
この事件には、私を陥れる“明確な意思”があったと。
私は立ち上がり、屋敷の扉を開けた。
向かう先は──王宮の厨房。
厨房は、朝の仕込みで騒がしかった。
見習いたちが慌ただしく材料を運び、料理長が怒声を飛ばしている。
私は人目を避けるように、厨房の奥、香辛料棚の前へと足を運ぶ。
(前回の人生では、この棚の裏に“何か”が残されていたはず……)
棚を横にずらす。すると、床に染みのような影があった。
私は嗅ぎ取った。鼻腔をつく、乾いた苦味。
「……やはり、これは“ストロファンシン”。心臓を止める薬草毒」
通常は医師しか扱わないはずの劇物が、なぜ厨房に?
「見つけたぞ、クラリス・ヴェルンシュタイン」
背後から声がした。振り向くと──騎士団副長、セラス=グレンが立っていた。
「貴様がまた、毒を使うつもりだったのか?」
「違います。これは……証拠です。王妃陛下が倒れたあの日、ここに毒が仕込まれていた。私がそれを再確認しに来ただけです」
「再確認? なぜそんなことを……お前は毒など知らぬはずだ」
(やはり、セラスは私の“記憶の復活”を知らない)
この世界では、私は“まだ事件の前”を生きている。
「私は、冤罪です。……信じてくれとは言いません。けれど、お願いです。厨房に出入りした人物の記録を見せてください。あなたは警備担当だったはず」
「……証拠はあるのか?」
私はノートを差し出した。
セラスはそれを受け取り、数ページをめくった。目が驚きに見開かれる。
「これは……事件当日の行動記録か? なぜ、これを……いや、これは……」
セラスの手が止まった。
「ここにある記録、“使用人バートが朝八時に厨房へ入った”とあるが、私の記録では、彼は“禁衛詰所”にいたとされている。──矛盾している」
私は頷いた。
「そうです。記録が改ざんされています。誰かが、事実を隠している」
「……ふざけた真似を」
セラスの目が鋭く細められた。その顔から、わずかに緊張がほどけた。
「……クラリス嬢。今日一日、時間をくれ。お前が偽証していないとわかったら、私も動こう。だが、それまで軽率な行動は控えろ」
「感謝します。……あなたが“敵”でないことを祈ります」
「ふん。俺も“疑われる側”か」
セラスは苦笑すると、ノートを携えて立ち去った。
(……これで一歩前進。次は、“メアリ”)
菓子を作った見習い。
本来の担当であるルースが、なぜ前日夜に突然発熱したのか。
すべてが“偶然”にしては、出来すぎている。
(この記憶がある限り、私は死なない。そして、必ず真実を暴く)
私はノートを閉じた。
刻一刻と迫る断罪の日。
時間は、あまり残されていない。




