第11話:封蝋の記録
記録保管室、最奥の“封印棚”。
重ねられた文書の山から、クラリスは慎重に一つの封筒を取り出した。
漆黒の封蝋。
そこには、双頭の鷲と茨を模した刻印——王妃陛下が私的に用いる印章が押されていた。
「間違いない。シルヴィアが残した“黒い印章の手紙”……これね」
クラリスが封を切ると、内側からは一通の短い手紙と、もう一枚、処方箋のような紙片が現れた。
ユリウスが手袋越しにそれを読み上げる。
《この件は極秘に。記録に残してはならぬ。》
《“黒薔薇の砂”の処方について、アイリーンに依頼せよ。あの者なら調合できるはず》
《必要量は、香壺ひとつ分》
《対象者はクローディア。副作用により、数日中に錯乱・発作が起こるだろう》
《時が来たら、解毒の手順を公表せよ。それが“救済”として記憶されるように》
——王妃 イザベラ
「……これは」
クラリスは口元を手で押さえた。
その書簡は、つまり──“毒殺を偽装した自作自演”の指示書だった。
「『黒薔薇の砂』で錯乱状態を引き起こさせ、その後、自らが救済者として処方を公開する……」
ユリウスの眉が厳しく寄る。
「しかも、その毒の調合を依頼されたのが……アイリーン・ルクレール」
彼の声が震えていた。
アイリーン——それはかつて、ユリウスの師であり、そして三年前に宮廷を追われた“禁薬研究者”の名だった。
「……まさか彼女が関わっていたとは」
「待って。手紙には、“あの者なら調合できる”とだけある。調合したとは書かれていないわ」
クラリスは即座に否定する。
「つまり、王妃は毒の流通経路を“アイリーンに押しつける”気だったのよ。もし何か起きれば、“アイリーンが独断でやった”という筋書きが出来る」
「彼女は……あくまで“可能性”として名前を挙げられた」
ユリウスの手が、無意識に震えていた。
師であるアイリーンは、決して政治に関わるような人物ではなかった。
薬と理論だけを追い求めた、孤独な研究者だった。
「彼女は……関係ない。証明しなければ」
クラリスはそっと頷いた。
「やりましょう、ユリウス。あなたが信じるなら、その“無実”も記録で証明できるはず」
ふたりは手紙と処方箋の写しを取り、記録保管室を後にした。
だが、出た直後。廊下の先に立つ人影があった。
「……まさか、ここに来るとは」
その声は低く、乾いていた。
王妃直属の侍従長——ダニエル・ローレンス。
冷徹で知られる男が、ゆっくりと近づいてくる。
「“封印された手紙”を開いたとなれば、見逃すわけにはいかない」
彼の手には、王家の紋章が刻まれた逮捕令状があった。
「エルミナ=リューデン、及びユリウス=メイス。記録保護法違反の疑いにより、連行する」




