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第10話:消されてしまった筆記係

 筆記係・シルヴィア・ノア。

 王妃付きとして数年にわたって仕えていたその女官は、クロエ事件の直前に“急な異動”を命じられていた。


 しかも異動先は記録上、存在しない部署だった。


 「まるで……消されたように」


 ユリウスが呟く。


 宛先のない異動辞令。居室はすでにもぬけの殻だった。


 だが、残されていた机には、一冊だけ異様な冊子が残されていた。

 革張りの表紙に名はなく、王宮指定の備品でもない。表紙の裏には、シルヴィアの手によると思われる筆跡でこう記されていた。


《日記ではない。これは、沈黙の記録》


《私は誰にも告げない。だが、記録は裏切らないと信じている》


 中には、日付のない観察記録のような文章が並んでいた。


《例の毒物——“黒薔薇の砂”が宮中に持ち込まれたのは、王妃陛下が夜会に欠席された三日前》


《納品台帳の番号が合わない。王妃付き医師が記した分と、実際に倉庫から出庫された数が一致しない》


《ユーフェミア様は知らない。だが、彼女の名を利用した者がいる》


「……クロエ様の筆跡と酷似していますね」


 クラリスは記録をめくりながら、眉をひそめた。


 「いいえ、似ているけれど違う。シルヴィアは“模写”している……クロエ様の手紙を、別の形式で残そうとしていたのかも」


 まるで、消される前提で“もう一つの真実”を保管するように。


 「このページ……日記の最後、何か挟まれてたみたいですね」


 ユリウスが指した箇所には、紙が破かれたような跡があった。慎重に綴じを剥がしていくと、革の裏地に細工がされていた。


 そして中から、小さな羊皮紙のメモが現れた。


《“命令したのはあの人”——クローディア様が言い残した言葉》


《“あの人”の名を、私はまだ書けない。だが、黒い印章のある手紙が鍵》


《それが、すべての始まりだった》


 「黒い印章の手紙……」


 クラリスの脳裏に、かつて“処分済み”とされた文書の山がよぎる。

 そしてその中にあった、封を切られていない漆黒の封蝋——


 「記録保管室に戻るわ。あの時、まだ見ていなかった“隠された巻物”があった。恐らく、その封書よ」


 彼女の声に、ユリウスが頷く。


 「急ぎましょう。シルヴィアも、クローディアも“記録に語らせようとした”。

 だったら、我々がやるべきは——読むこと、掘り起こすこと、そしてつなぐことです」


 夜の宮廷を抜け、ふたりは再び地下の封印棚へと向かう。

 真実は、記録の奥でまだ眠っている。

 だが、その目覚めはもう遠くないのかもしれない。

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