第9話:沈黙の女官と黒い手紙
王妃付き女官・クローディア・セリス。
事件後、ただ一人、名を残さず王宮を去った謎の女官。
——いや、名だけは残っていた。
記録の片隅、訂正報告書の補記に、その名前はひっそりと刻まれていた。
それも“関与の可能性”という曖昧な形で。
「……女官長が口を割らないのは当然か。王妃の機密に触れる話だもの」
翌朝、クラリスは王宮の北棟に足を運んだ。
元王妃付きの侍女だった初老の女性・マルグリットが、今も衣装管理室で余生を過ごしていると聞いたからだ。
「クローディア様? あの方の名を、あなたが……?」
しばし絶句したマルグリットは、視線を泳がせた。
「もう……二十年も前の話です。あの方は、たいそう聡明な方で……でもある日突然、姿を消された。王妃様も何もおっしゃらず……」
「クローディア様と、王太子レイモンド様に接点は?」
その問いに、マルグリットは一瞬だけ目を細め、そして静かに首を横に振った。
「わたくしなどが言えることではありません」
沈黙。それは何よりの証言だった。
——何かがある。
クローディアという女官の存在は、宮中からあまりに綺麗に消えている。
それは、意図的に“記憶”ごと処分されたに等しい。
その夜、ユリウスが地下書庫で一通の封筒を見つけてきた。
「差出人不明。けれど、外封に“クロエ様事件”と記されていた」
封を切ると、中から出てきたのは黒紙に銀のインクで綴られた、震える筆跡の手紙だった。
《——私は知っている。毒が運ばれた経路、すり替えた者、そして命じた“声”。》
《それを告げた瞬間、私は消されるだろう。けれど、記録が私を“証人”にしてくれると信じる》
《クローディア・セリス》
「自白……?」
「いや、自白ではない。これは“告発”です」
ユリウスが指摘する。
「彼女は何も名指ししていない。だが、この手紙は保管庫の別棚、“王妃の後宮記録”の隙間に隠されていたんです」
つまり、クローディアは《王妃の許にある誰か》が毒の流通を操作していたことを“知っていた”。
そして——
「その事実を“記録”に託した。王妃すら、処理しきれない場所へ」
「記録を信じた?」
「ええ。だからこそ、彼女は手紙ではなく“公式記録の傍”にそれを置いた」
クラリスは震える指で手紙を見つめた。
死んだはずの記録が、今また真実を語ろうとしている。
それはクロエを救うだけでなく、王宮の奥に眠る“もっと深い闇”を暴く鍵だ。
そして、その鍵を握る女官の名が、また一人、浮かび上がる——
シルヴィア・ノア。現在、王妃付き筆記係。
その名は、失われた事件報告の一部にだけ、かすかに残されていた。




