第8話:記録の封印を解く者
文書保管庫。王家の命により封印された記録の墓場。
重厚な扉が開いた瞬間、冷たい空気と共に、時間が止まったような静寂が広がる。
「……ここに、あの晩の“真実”が?」
クラリスは息を呑み、ユリウスと共に一歩踏み入れた。
最奥の棚に、彼の筆跡が記された革表紙の帳面が収められている。
《訂正報告書 第12号:クロエ・ランベール事件における証言再調査》
ユリウスが震える手でそれを開いた。
ページを繰るたび、淡々と綴られた文章が彼女の視界に流れ込む。
——「目撃証言Aは、王宮庭園北側での“赤い花飾りの女”をクロエと誤認している可能性が高い」
——「毒の混入経路に関して、使用人の証言Bは矛盾を含む」
——「事件前夜、王太子レイモンドの侍従が“茶葉を交換した”という証言が記録から削除されていた」
そして——
「……なにこれ」
クラリスの指が止まる。
《重要補記:本記録を編纂中、記録官補佐ユリウス・エーデルは、以下の新事実を確認した》
《事件の発端に、当時“王妃付き女官クローディア・セリス”が関与していた可能性》
「クローディア……? 聞いたことがない名だわ」
ユリウスは顔をこわばらせる。
「当然です。彼女は事件からまもなく王宮を去り、以後“病死”として処理されました……」
「病死?」
「ですが、実際には“行方不明”のまま記録が途絶えています」
クラリスはページを見つめながら、記録の行間に潜む“不自然”に気づく。
(彼女の名前だけ、どこか妙に浮いている……)
証言者の一覧、毒物の出所、侍従の供述。
それらの線を結ぶと、ある一点に集中する——
王妃の側近たちの“動線”と“記録の抹消”。
「まさか、王妃陣営が?」
ユリウスは首を横に振る。
「断定はできません。ただ、証言が残されていないのです。“関係者の証言”が、丸ごと“なかったこと”にされている」
まるで、記録そのものが最初から存在しなかったかのように。
(……誰かが、“公式の過去”を操作している)
エルミナはそっと目を閉じた。
焼かれた副本、消された名前、行方不明の女官。
クロエの死は、単なる嫉妬や毒殺劇ではなかった。
王宮内の“記録を書き換える力”が、背後に潜んでいた。
そのとき——
「誰か、来る!」
ユリウスの声に、クラリスは記録を懐へと押し込んだ。
保管庫の外から、微かに足音が響く。静寂の中に、確かに人の気配。
「ユリウス、消灯を。鍵を、今すぐ」
ふたりは記録を持ったまま、保管庫の扉を閉じた。
寸でのところで、暗闇がすべてを呑み込む。
誰かが、確実に“記録を読む者”を見張っている。
彼らはもう、“見られる側”に回っていた。




