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単純なふたり ~私たちもしかして愛し合ってしまうのでは~

作者: 相沢ごはん

pixiv、個人サイト(ブログ)にも同様の文章を投稿しております。


(ご都合主義のゆるふわ設定なので、細かいことは気にせずふんわり読んでいただけると助かります)

「きみを愛することはできないかもしれない」

 結婚式が問題なく終わり、その夜、夫婦の寝室のベッドの端に腰かけて、オリバー・トンプソンが悲痛な面持ちでそう言った。

「僕には学生時代から好きな女性がいて、どうしても彼女のことを忘れられないんだ」

 片思いだったけど、と付け加えたオリバーの目からは、ぽろぽろと涙がこぼれている。

「存じております。私はそういう事情を知っていて嫁いだのですから、そんなに泣かないでください」

 このたび、ハリス子爵家からトンプソン伯爵家に嫁いだイスラは、オリバーのとなりに座り、泣いている夫をやわらかい声で慰める。

「だけど、申し訳なくて……」

「実家に援助をしてくださっているのですから、申し訳ないなんて思わないでください。ハリス子爵領は、大変助かっております」

 イスラがオリバーのもとに嫁いだのは、領地で起こった土砂災害がきっかけだった。トンプソン伯爵家からの復興支援を条件に、学園を卒業し成人したにも関わらず未だ想い人を忘れられずに結婚相手を決めきれないでうじうじぐずぐずしている一人息子のオリバーになんとか嫁いでほしい、という率直な打診がハリス子爵家に舞い込んだのだ。こんなに堂々と足もとを見るような真似をするなんて、と、支援は喉から手が出るほど欲していながらも躊躇していた両親と兄を尻目に、イスラはその話に飛びついた。イスラのほうも、実家があまり裕福ではないという以外になにがあるわけでもなかったが、可もなく不可もなくが災いしてなのか、学園を卒業し成人しても婚約者が決まっていなかった。もともと、家や領地のためになるならどこに嫁いでもいいと思っていたので、この縁談は実は非常に好条件なのでは、とイスラは思った。渡りに船というか不幸中の幸いというか、とにかく、イスラはこの話をよろこばしく思ったのだ。

 婚約期間は大変短く、トンプソン伯爵の、なにがなんでも息子の結婚を強行しようという気迫がうかがえた。そんなふうに、ほとんど無理矢理にイスラと婚約させられたオリバーだったが、イスラを邪険に扱うこともなく、短い婚約期間中も親切に接してくれていたので、イスラはオリバーに対して思うところなどなにもない。

「オリバー様は、私に意地悪をしたりしませんでしたし、ずっと親切にしてくださって、むしろ私のほうは感謝しております」

「意地悪なんてしないよ。そんなことをする意味がない」

 オリバーは、寝間着の袖で涙を拭いながら言う。その言葉を聞いて、イスラは、この方は本当にいい人なのだな、と改めて思った。

「自分でこんなことを聞くのはどうかと思うのだけど、きみは僕のことを愛していたりする?」

 オリバーが、おずおずとそんなことを尋ねてきた。

「いいえ。現時点では、あなたを愛しいと思えるほどあなたのことを知りません」

 イスラは正直に答える。

「そうだよね」

 気を悪くした様子もなく、オリバーはうなずいた。

「ですが、嫌ってもおりません。愛しくは感じておりませんが、好ましくは思っております」

「せめてもの救いだ」

 取り繕うようなイスラの言葉に、オリバーは安心したように、赤くなった目で微笑んだ。

「申し訳ないんだけど、白い結婚というわけにもいかない。跡継ぎが必要なんだ」

 言いづらそうに言うオリバーに、

「承知しております。最初からそういうお話でしたので」

 イスラは、自分はすべてを承知の上でここにいることを伝える。

「きみは肝が据わっているね。僕は初めてのことに緊張しているよ」

 そんなイスラに、オリバーは感心したように言う。

「あら、私だって緊張しております」

 イスラが言い返すと、

「落ち着ているように見えるけどなあ」

 オリバーはため息を吐くようにして言った。

「では一度、抱き合ってみましょうか」

 ふたりとも緊張が解けないので、イスラはそう提案してみた。

「うん、そうだね。そうしてみよう」

 オリバーもうなずく。ベッドの端に座ったまま少しずつ移動して距離を詰め、ふたりはおそるおそる抱き合った。

「あたたかい。落ち着いてきたよ」

 オリバーは深く息を吸い、吐いた。

「それはよかったです」

「きみは、いいにおいがするね」

「侍女が髪に香油をつけてくれたのです」

「あの、申し訳ないんだけど……」

 オリバーがもじもじしたように言う。

「ええ、大丈夫ですよ」

 イスラはささやくように言って、うなずいた。



 そして翌朝、

「おはよう、イスラ」

「おはようございます、オリバー様」

 ベッドに横になり布団にくるまったまま向き合って、ふたりは朝のあいさつを交わした。

「昨日の今日で申し訳ないんだけど」

 オリバーが気まずげな様子で言う。

「オリバー様は謝ってばかりですね。今度はなんでしょう」

 イスラは、そんなオリバーをおもしろく感じながら軽い口調で返す。

「きみと一夜を過ごして、僕はきみのことを昨日よりもずっと好きになってしまったみたいなんだ」

 オリバーの告白にイスラは驚き、

「あなたって、とっても単純な人なのですね」

 そう言って、くすくすと笑った。

「自分でもそう思うよ」

 オリバーもつられて笑っている。

「その証拠に、僕は、あんなに忘れられなかった彼女のことを忘れつつある」

「まあ、虫のいい」

「本当に、自分でもそう思うよ」

「ですが、私も、昨日よりあなたのことを愛しいと感じ始めているのです」

 イスラも、素直な気持ちを告白すると、

「きみだって単純じゃないか」

 オリバーは、少しうれしそうにそう言った。

「私たち、このままいくと、もしかして数日後には愛し合ってしまうのではないでしょうか」

「そうかもしれない」

 ふたりは真面目に話し合う。

「そうなるといいな」

 オリバーがそう言って微笑んだので、

「あなたって、単純でかわいい人ですね」

 イスラの胸は、きゅんと苦しくなった。

「そんなことを言うなんて、さては、きみ、もうすでに僕のことを愛しているのでは」

 努めて明るく冗談めかしてそう言うオリバーに、

「ええ、そうかもしれません」

 イスラは素直にうなずいた。

「僕も負けてはいられない」

 イスラの言葉に耳を赤くしたオリバーは、

「僕は、きみの、一見おとなしそうな感じなのに肝が据わっていて、はっきりものを言うところをかわいいと思って、好きだなって思ったよ」

 イスラの目をじっと見て、真剣な表情でゆっくりとそう言った。

「照れます」

「照れるね」

 ふたりはそう言いあって、愛し合う夫婦への道を歩み始めた。



西洋風の世界でも、布団は布団でいいのでしょうか。


ありがとうございました。

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