第5話 アウルの夢
NYの夜、9:00PM
ミムラは引率している生徒たちの点呼をすませて、学校の寄宿舎への帰路を歩いていた。停電の影響で、地下鉄はかなり遅れが出てしまっていた。
「すっかり遅くなってしまって、寮長さんに叱られそうだわ。みんなも週始めには、サマーキャンプに行くのでしょ? その準備もしなくてはね」
「あ~、毎年のサマーキャンプ。うざったい! せっかくの夏休みだっていうのに、僕は実家でゆっくりゲームでもして遊んでたいよ」
「夏休みは長いから、ゲーム三昧はもったいないわよ」
「ミムラ先生は知らないんだぁ。僕ら、子どもたちをサマーキャンプに追いやった隙に、親たちがゲーム三昧で遊んでるってこと!」
悪態をつきながらも、笑いながら後ろをついて来る教え子たち。ミムラは多少眉根を寄せながらも、子どもたちの屈託ない様子にくすりと微笑んでしまった。
その時だった。ミムラの後ろでスマホをいじっていた生徒の一人が、興奮気味に声をあげたのだ。
「週末の夜に、MTV(Music Television)で”Loreley2025”のミュージックビデオが流れるんだって! 曲がヒットしてから、初だよ、初っ。歌ってるアーティストも映ってるらしいよ!」
その声に驚き、後ろを振り向いたミムラは、1ブロックほど先の路地からこちらを伺っている少女と、その後ろに立っている少年の姿に目を瞬かせた。
二人の姿は具には確認できない。それでも、少年の背丈は少女より少し高く、二人は同じ端正な顔をしている。……そして、際立って印象的な金の瞳と緑の髪。
同胞の双子の姉弟を彼女が見間違えるわけがなかった。
ジル・ナイトシェイド と アウル・ナイトシェイド
けれども、アウルがMTVで自分の存在を世間に知らしめるだなんて……そんなことをやってもいいの?
慌てた様子の女教師に、ジルは小さく手を振ってきた。
アウルは、ミムラに見られていることに気づくと、姉の背の後ろにすぐさま身を隠した。けれども、彼の方が少し背が高い分、こちらをきまり悪そうに伺っている様子が見て取れて、ミムラは思わず笑ってしまった。
彼女のかつての教え子が、コスモベースの中で、切々と訴えていた言葉が脳裏をよぎる。
”だって、星の上を歩きたいんだ。こんな宇宙の空間に浮かんでいるだけの自分が、僕は哀しくてたまらない。僕は、あの青い地球に降り立ってみたい。ミムラ、あなただって、そんな夢を見たことがあるんでしょう?”
ミムラは、ジルとまだ、その背に隠れているアウルを手招いた。皆と一緒に行きましょうと、目で語りかけながら。
ジルが言った。
「アウル、行きましょう。 あなたは、この星に降り立って、この星で暮らしたかったのでしょう? 私、知ってるわよ。それがあなたの夢だってことを」
空には一等星が、まだ、明るく輝いている。
アウルはジルの問いにこくんと一つ頷くと、囁くような声で伝説の曲を奏でだした。
僕は歌う。
幸せな夢が壊れないように。
夢が覚めることがないように。
それが、過去から未来へもたらされる魔歌だとしても
この地球がここにある限り
ローレライの歌を。
* * *
なじかは知らねど心わびて
昔のつたえはそぞろ身にしむ
さびしく暮れゆくラインのながれ
いりひに山々あかくはゆる
うるわしおとめのいわおに立ちて
こがねの櫛とり髪のみだれを
梳きつつくちずさぶ歌の声の
くすしき魔力に魂もまよう
こぎゆく舟びと歌に憧れ
岩根もみやらず仰げばやがて
浪間に沈むるひとも舟も
くすしき魔歌うたうローレライ
* *
MTV(Music Television)チャンネルで、|Jill & Owlが歌う”Loreley2025”のミュージックビデオが、期間限定で放送されたのは、生徒たちが1ワールドトレードセンターを訪れてからちょうど1週間後のことだった。
ディスプレイの向こうでは、金色の瞳と緑のロングツインテールを持つ少女が、歌いながら軽やかに踊っていた。その隣でキーボードを奏でている少年には照明が当たらず、彼の顔ははっきりとは見えない。だが、主旋律を歌っているのはどうやら彼のようだった。不意に画面に浮かび上がる彼の金色の瞳だけが、なぜか妙に心を引きつけた――特に、10代の少女たちの心を。
「この艶のある声と、謎めいた感じがいいんだよね~、“Loreley2025”!」
「でもさ、気になるな。ボーカルの彼」
「うん……でも、ジルのコスプレも好きだよ」
スマホの画面から目を離し、ふっと顔を見合わせて笑い合う少女たち。
だがその瞬間、互いの姿に目を見張り、驚きの声を上げた。
「えっ、ええっ!!」
金の瞳に、緑の髪……?
彼女たちの姿が、MVに登場する少女そのものに変わっていたのだ。
「どうして……!?」
とても信じられない。心臓の鼓動に呼応するように、学校の寄宿舎の窓ガラスが風に揺れ、かたかたと音を立てる。
目を向けると、そこには自分たちではない“少女”が、ガラス越しにこちらを見つめていた。その瞳には、好奇心とも、何か別の感情ともとれる光が宿っていた。それは、他の宇宙から降り注ぐような不可思議な煌めきだった。
「……嘘、でしょ」
少女の一人ががたんと席を立ち、夢現で窓へと近づく。
その瞬間、ガラスの向こうにいた“彼女たち”の姿は、ふっと消えてしまった。そして気づけば、自分たちの姿も元に戻っていた。
「戻った……の?」
まるで、悪い夢でも見ていたかのようだった。
互いの姿をおそるおそる確認し、ほっと息をつく二人。
部屋の中には、MVの曲――”Loreley2025”が、小波のように流れ続けている。
こぎゆく舟人 歌に憧れ
岩根も見やらず 仰げばやがて
波間に沈むる ひとも舟も
くすしき魔歌をうたう、ローレライ
この夜の北の夜空には、一等星の北極星が、凛と輝き、冷たい光を放ち続けていた。
ローレライ2025
【地球編 First-Magnitude Star(一等星)】
~ 完 ~




