第3話 負の歴史
『あなたたちは広大な宇宙の中の、ほんのひとつの存在なのです』
そんなことを言われても……ピンとこないや。
宇宙のことなど、映像だけでしか知らない生徒たちにとって、ミムラの言葉をすべて鵜呑みにするのは難しかった。
それよりも、今も続いている停電の方が気がかりだった。そんな矢先、摩天楼のビル群が一斉に煌々と光を放ち始めた。止まっていた電源が、復旧したのだ。
人工の街が再び動き出した時、風が吹き抜けるようなサイレンの音が再び響いてきた。
「見てっ、 向うに見えるビルが燃えてるよ!」
遠くに見えるビルを指さして、生徒たちが叫ぶ。
まさか、また、テロっ!?
かつて、今、彼らがいる1ワールドトレードセンターと同じ場所で起きた同時多発テロを思い出し、ジルは眉をひそめる。
けれども、脳裏で囁く声が聞こえる。はっと顔を上げると、金の瞳の少女は女教師に向かって言った。
「ミムラ、エレベーターが動き出したら、すぐに、みんなを家に帰した方がいいわ! 突然、明かりがついたものだから、あのビルは通電火災を起こしてる」
ジルたちがいる1ワールドトレードセンターからは離れていたが、川向うのビルから火柱が立つのが見えた。……と、同時に展望台の電気が復活し、停止していたエレベーターが稼働し始めた。
「皆さん、また、停電にならないうちに、早く外に出ましょう!」
エレベータ―に向かう生徒たちを急かしながら、ミムラは後ろを振り返る。
「ジル、あなたも早……えっ?」
誰も……いない……?
かき消されるようにいなくなってしまった、ジル・ナイトシェイド。
呆然とその場に立ち尽くした女教師の瞳の先には、輝くばかりの摩天楼の夜景が広がるばかりなのだ。
夜驚症の子どもの鳴き声のように、遠くからサイレンの音が響いてくる。
ミムラは、気がかりな様子で窓の外に目を向けたが、すぐに安堵の息を一つ吐いた。ビルから上がっていた火柱が、今は白煙に変わっていたからだ。
「ミムラ先生っ、エレベーターが待ってるよ。早く、行こうよ」
エレベーターに乗り込んだ生徒たちが、彼女を呼んでいる。
下りのエレベーターに乗り込んだ時、ミムラは、展望台に上ってくる時に、このエレベーター中で見たタイムラプス映像を思い出した。エレベーターの壁全体を液晶画面にして、そこに1500年代~現代までのニューヨークの街並みの変化が映し出しだされていたのだ。
1500年のこの街の映像には、ただの平原と流れる川しかなかった。やがて、教会や家が建ち、巨大なビル群が姿を現し、NYのビル群は摩天楼と呼ばれるようになった。
だが、2001年に同時多発テロが起こり、画面の右端に一際、目立って映っていた巨大なワールドトレードセンタービルの姿はふっつりと消え失せていた。
慢心と、不信と、不幸の連鎖が呼び起こした暗い歴史。
あんな悪夢を子供たちに見せることが、二度とありませんように。
女教師はそう願わずにはいられなかった。
* *
ミムラと生徒たちが、エレベーターを降りて外へ出た時、停電はすべて解消し、周りの景色は普段と変わらぬ電飾の街に戻っていた。
生徒たちが、南東の空を指さし口々に言った。
「あっ、一等星が見えてるよ!」
「あの星のあるところに、天の川があったんだ」
「僕は見た!」
「うん、今は、もう見えないけど、僕らは見たね!」
”琴座のベガ、わし座のアルタイル、白鳥座のデネブ”
夏の大三角形を描いた星たちが、そんな彼らを空の彼方から見つめていた。




