第1話 屋上
「はあ。いざここに立ってみると緊張感がすごいな」
少し下には地上が見える。これが階段一段下の景色ならばなんの問題もないだろう。しかしここは、三階建ての学校の屋上だ。そう簡単に降りることのできるものじゃないし、降りれたとしてもただでも済まない。下は人の殆ど通らない場所。風が足元を通り抜けて寒い。
しかし、ここまで来てしまった。もう柵を乗り越えた。今更後に引き下がれないだろう。
よし、飛ぼう
あと一歩踏み出せばすぐ終わりだ。目を瞑って前に進もうとした瞬間
「君はこんなところで何しているの?」
可愛らしい、でも透き通った声が後ろから飛んでくる。こんなところで邪魔が入るのか。見られたのなら今日はできないな。
「まあ、一人きりになりたくてって感じかな」
前を向いたまま答える。声を聞いた感じ友達ってわけじゃなさそうだし。まあ、もういないけど。学年の人ってわけでもなさそう。
「一人きりになるって、死んでってことかい?」
流石にここまで露骨なところにいたらバレるか。ならいっそ飛ぶか?
「何も言わないってことは、やっぱりそうなんだ。このまま死んでもなんにもならないよ」
「まあそうだよ。死ぬ予定だ。このまま死んでも何もならないって言っても、このまま生きてても何もならない」
「そりゃあ、このままじゃ何にもないよ。でもさ、最後に私と一緒に来てくれれば君はハッピーエンドだ」
「適当なことを言うんじゃねえよ。そもそもあんたは誰だ?」
ようやく後ろに振り向く。そこに少女の姿はない。屋上を何度も見渡す。
やっぱり誰もいない。ならさっきまで誰と話していたんだ?
「私のことを探しているの? 足元にいるよ」
声の通りに足元を見る。そこには一匹の猫がこちらを見つめていた。人の姿はない。足元周りを何度も見回す。
……やはり誰もいない。
「ああ、もう! 私は君の足元にいる猫よ」
この猫が? いやいやいや、猫は喋らないし。これは幻聴か? そんなことが聞こえるくらい追い詰められていたのか。誰にも見られていないことが分かったし、飛んでしまおう。
「あー、飛ばないで! 分かった分かった。幻聴じゃないから」
いつの間にか隣に少女が、柵につかまって立っている。足元を見ても猫はいない。
「さっきの猫は私の変身した姿なの」
「えっと、さっきの猫? なんで変身できるんだ?」
「そう、さっきの猫。変身できるのは私がこの世界の住人じゃないから。変身には結構な体力使うから、そんなポンポン変身したり戻したりしたくないんだけどね。君がなかなか信じようとしないから」
「いや、猫が喋るなんて信じる人ほぼいないから。それはしょうがないとして。この世界の住人じゃないって?」
「それは私に着いてきてくれれば、後で話してあげるから。とりあえず柵の内側に戻ろっか」
少女は柵の内側の屋上を指差す。
……なんだか飛ぶ気力が失せたな。言われた通り戻るか。
俺と少女は柵を乗り越える。