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第6話◇女神様から頂いた、特別なお部屋

 明くる日、一見いつも通りの朝が始まる。


「さて、まずは……」


 呟いて、私はひとまず森の方に向かうことにする。

 言いつけられた分の仕事はさっさと終わらせているので、今日から本格的に精霊魔法の特訓のために動くことにしたのだ。


 近所でこっそり魔法の特訓できるところ、となると、屋敷から少し離れた場所にある「宵闇の森」、そこへと繋がる道沿いが「悪くない」感じだと思う。

 領地で一番にぎわう中心街とは逆方向のため、万が一、失敗した魔法が変な感じで暴走したとしても、被害が少なくて済む。


 徒歩で三十分程度歩くと、森の入り口に到着した。


 この森には迷いの魔法がかけられていて、ある程度進むと入り口近くまで自然と戻されてしまう。

 そのため、この森の詳細は誰にも分からない。


 ストレリチアの領主以外は、知らないこと、らしい。


 そして聞くところでは、私の両親はこの森の奥で亡くなった。

 叔父様の許可が出ないため、私はそのお墓を見たことがない。

 実はふたりの亡骸も確認できていない。


 幼い私を乳母に預けて森へと出かけた、お父様とお母様と、そして叔父様。


 三人で出かけたはずが、叔父様だけが傷だらけの姿で帰ってきた。

 叔父様は「森の奥で魔物に襲われて自分は兄上と義姉上に逃がされたが、ふたりは負傷しながらも揃って敵を食い止めると残った」と言っていたと。


 叔父様が当主の座を狙って殺したんじゃないか。


 そう両親を慕っていたメイドが噂するのを聞いたことがある。

 その彼女も暇を出されてしまってもういない。


 そして――私も、一周目のあの時に、両親と同じくこの森で死んだのだ。

 何とか奥へと逃げようとして、でも結局は辿り着けなかった。

 私は見覚えがあるモミの木に視線を投げる。


 確か、この辺り……ここだ。

 左手にモミの木があって、右手に大きな栗の木が……。


 けれど、そこにモミの木はあったけれど、栗の木はなかった。

 栗の木があったはずのそこには、見覚えがない山小屋が建っていた。

 以前からそこにあったかのような自然さで。


 ……ううん、こんな山小屋、なかった。


 なかったけれど……でも、確かに、この位置のはず。

 この辺りまで来るたびに、必ず森の入り口まで戻されていた。


 だからこそ、私はここで死んだのだ。


 その時と同じ場所に立つと、自然と肩が震えた。

 目を閉じると完璧に思い出せてしまって息苦しくて、動悸が早くなる。

 ここにいたくない、と逃げ出したくなる。


 けれども、逆に私が魔法の特訓をするには、ここはどこよりも拠点として最適な場所とも言えるのだった。

 ……恐怖と同じくらい、この森には希望がある気がする。


「女神様、どうかお願いします。私をお導き下さい……」


 作法通りに両手の指を互い違いに組んで祈ってから、勇気を振り絞るようにして私は足を出した。


 そうして、私はしばらくその辺り、山小屋やモミの木の方に近づいてぐるぐる歩き回った。

 魔法の影響が及んで転移させられる場所を意識して体に覚え込ませるために。


 要件を済ませると、その日は叔父様たちが戻る夕食の時間までには間に合うようにと気を付けて帰宅することにした。


 最後に、私は例の謎の山小屋について確認しようとして、ドアに触れてみる。

 その瞬間、キラキラと指輪の石の輝きが増した。

 すると、カチッ、という小さな音が響く。


 まるで、指輪に反応して鍵が開いたみたい?

 私はドアノブに手をかけて、注意深く確かめてみる。


「こうやってこの指輪を近づけることで、鍵を開けたり閉めたりできる、ということかしら?」


 把握した私は、ドアを開けて山小屋の中に入って、細かく部屋の状況を観察してみた。


 中には汚れひとつない白いテーブルクロスが引かれたテーブルがあった。

 その上には白地に金のアイリスの花の模様入りという同じデザインで統一されたティーポット、ケーキスタンドにもなるカップラック、カップとソーサーとスプーンとプレートがそれぞれ二セットと、砂糖がたっぷり入った砂糖壺がまとめて置いてある。銅製のケトルも。


 椅子は二脚あり、それぞれの椅子の背には柔らかく暖かそうな白のブランケットが「使っていいですよ」とばかりに丁寧に畳まれた状態で掛けられていた。

 これにも金糸でアイリスの模様があった。


 そして小さいけれど飾り棚がついた暖炉と、一晩分の薪とがあることも確認した。

 火ばさみや火かき棒なども。

 それらにもティーセットと同じ、アイリスのモチーフがついている。


 鍵のおかげか、ここ最近、この山小屋の中に人が入った形跡もないようだった。

 不思議と、外見はまるで新築のまま、何年も放置されたみたいだったけれど、中身は専属のメイドが日々掃除や片付けをしてくれていたみたいに整っていて。


 今すぐにでもお茶会が始められそうだわ。


「すてき……アイリスの印なんて、本当に私のために用意されたみたい。これも加護のひとつということ?」


 もしかして、これら全部をひっくるめた全てが「女神様に頂いたお慈悲」ということなのかしら。


 呟きに、肯定の返事をするように、また指輪は瞬いた。


 これはきっと、女神様が「そうですよ」ってお返事して下さっている、と考えてもいいのよね……?


「私だけのお部屋……。他の人が簡単に入ってこれないのなら、私には本当にありがたい状況だわ」


 明日以降は、余裕があればお弁当を持ってきてもいいかもしれない。


 ――なんてことを考えながら、少しウキウキした気持ちで早歩きで屋敷に戻ったのだけれど。


 そんな私の行動の全てを木陰からじっとうかがっている人がいたなんて、思いもよらなかった。


 この第6話から第二章の始まりです。


 少しでも続き気になられましたら、★★★★★とブクマで応援して頂けると嬉しいです!

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