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小話 ep.2◇恋するあの人は、今②【アルウィン視点】

「とても危なかった……。可愛過ぎて、ずっと忍耐を試されていた……。チィが身を挺して止めてくれて助かった」


 王都でない場所に長期滞在、しかも偽名を使って平民らしく振る舞う、という状況は少なからず開放的な気分をアルウィンにもたらしていた。


 しかも、長年恋焦がれた初恋の相手がその名を呼んで微笑んでくれて、自らお茶会の場を設けてくれるのだ。

 ふたりきりの密室で。


「女神様の山小屋の中だったから、まだあの程度の暴走で耐えられた。あの例の、彼女手製の服を着て現れた時のあの可愛さには、完全に忍耐力を失った……あの日はやり過ぎた」


 思わずアルウィンは両手で自分の顔を隠す。

 先程つけたはずの仮面が一瞬で立ち消えて、王太子がしてはいけない赤面顔になっていることを悟って。


 イリスにとっては夜に興奮で眠れなくなるほどの胸キュンをもたらしていたアルウィンの行為は、実はアルウィン自身にとっては、抑えに抑えた行為なのであった。


「わぁ。完全に骨抜きじゃないですかぁ。冷静沈着で評判のアルウィン殿下も、恋心がキマり過ぎるとそんなふうになっちゃうんですねぇ。分かります、分かりますよ~」


 遊び人のルークは恋の話も好むからか、ウンウンとアルウィンの発言に頷いている。

 しかしウィリアムはというと、いまいち理解できないと言いたげに、眉間にしわを寄せていた。


「腑抜け過ぎではないか?」


 彼のその指摘通り、確かに腑抜けている。

 それもしっかりと自覚しているので、アルウィンは苦笑いをする。

 けれども、もう少しの時間だけでも幼なじみらしく気安く言い返したいという気分もあったため、こう返した。


「お前も、いつか本当に好きな子と会話したり触れ合ったりすることができたら、きっと私の気持ちが分かるよ。ウィル」

「好きな子と、会話……ですか」


 やっぱり実感はできないようで、アルウィンの言葉を受けても、ウィリアムの眉間のしわは深いままだった。


「ああ、そういえば、母上が言っていたな。明日はマクファーソン伯爵家の者がやってくるらしいよ。彼女本人が来るのか、までは知らないけれどね」


 しかし、こう続けると、一瞬でウィリアムの険しい顔つきは霧散してしまう。「王城にマクファーソン伯爵家が来る」という、たったそれのみで。


「なん……だと」


 この世の全てのもの、空気までもを凍らせる冷徹男、などと社交界では評されているウィリアム。

 毎度女性には塩対応の仏頂面で、日常的に威嚇よろしく冷気だだ洩れ状態、といってもいい。


 そんな男が、これこのように唯一その表情を和らげる女性こそが、マクファーソン伯爵家令嬢・アメリアであった。


 マクファーソン伯爵家は薔薇の栽培と販売に注力している家門で、この王城のあらゆる場所に植えられた薔薇の管理を一手に担っている。

 そのため、薔薇の手入れが必要な季節には彼女も両親と共に王城までやってくることがあるのだ。


「ハッ、この季節……ということは、そろそろ城中の薔薇の寒肥と防寒と剪定作業のための前準備か……!!」


 そしてアルウィンの私室の窓から確認できる近場の薔薇を確認しながらそのように呟くウィリアム。


 彼は幼い頃、通称「薔薇令嬢」から一輪の薔薇を受け取って以降、彼女の笑顔に心臓を撃ち抜かれてしまい、人知れず脳内を薔薇色で占拠された日々を送っているのだった。


「……ねぇ、殿下。ウィルってば、一瞬で腑抜ける勢いで全力片思い中なのが俺らにはバレバレなんですけど、全然自分では自覚してないですよね?」

「好きな子本人には溺れられないからって、好きな子の好きなもの――『薔薇の栽培』に溺れ過ぎてるよね」


 季節が巡るごとに「この季節の管理は……」などとウィリアムが豆知識を披露してくるため、今やアルウィンやルークさえ「薔薇の小話」を女性陣に披露できるほどに知識を植え付けられてしまっている。

 実は、意外と女性相手の社交に役立っていたりもする。


 いまだ一言もアメリアとの会話を果たせていないウィリアムだったが、「この男がそんな彼女と対峙した時は、きっと私よりも暴走するに違いない」とアルウィンは想像する。

 きっとその時には自分のイリスへの傾倒っぷりも、しっかりと理解してくれるに違いない、と。


 ふふ、とアルウィンは微笑んで。

 そうして、自分と同じような表情でウィリアムを眺めているルークの方に向き直る。


「それはそうと。城内だから身分的には仕方ないことではあるけれども、ルークから『殿下』って呼ばれて敬語で話されるの、本当に気持ち悪いね?」


 さっきから微妙に気になっていたことを、アルウィンはきっぱりと口走る。

 案の定、拗ねた口調をしながらルークがくしゃりと笑った。

 幼なじみらしい顔で。


「気持ち悪いまで言う!?だんちょー、ひどっ!!」

「……ふふっ、はは」


 やっぱり、私はそっちのルークの方がいいな。


 そう思ったアルウィンは、結局、まだもう少しの時間だけでも王太子の日常には戻りたくなかったのだろう。

 探偵団の助手という、イリスとの繋がりが感じられるその雰囲気に浸っていたくて、ギリギリ今だけはまだ「イデア団長」でいたくて、ちゃんと「団員のルーク」を望み通りにやってくれる幼なじみに頼ったのだ。


 ルークという男はこのように一見ふざけているように見えて、そういう部分でとても気が回って聡明だ。

 そしてウィリアムも、たとえ王族が相手でもへつらったり言葉を濁したりすることはなく、常に率直に振る舞う。

 そのため、アルウィンはこの得難い側近たちを深く信頼している。


 アルウィンにとって、ここまで自らの子供っぽいところを大っぴらに見せられる相手は、幼なじみであるルークとウィリアムだけだった。


 午前中ならではの柔らかい光が、カーテンのレース越しに輝いている。

 窓が少し開いているためか、それとも、恋心で自らの魔力のコントロールを失ったウィリアムの魔力の漏れのせいか。

 ふわりふわりとレースは冷風に膨らんで揺れ動いている。

 レースが作る薄い影が濃紺の絨毯に落ちていて、それも一緒に揺れていた。


 あの子のことを考えてのぼせてしまった頬に、この冷えた空気は、ちょうど良い……。


 アルウィンはついそんなことを考える。


 あともうちょっとだけ、とアルウィンは三人で過ごす、この心に柔らかな時間を楽しもうと決めた。


 この後、この部屋を出た瞬間から、彼は「王太子のアルウィン・イデア・アストラル殿下」になってしまうのだから。





【終】

 第一部のエピローグの後、王都の城に戻ったアルウィン・ウィリアム・ルーク、3人組のほっこり小話(2話分)。


 ★★★★★とブクマでここまでの評価を頂けたら嬉しいです!


 ※少しだけ別シリーズ、ウィリアムが相手役の「絶望した薔薇好き令嬢は、凍らせ公爵令息に有り余る希望を贈られて、溺愛されています 」の主人公・アメリアの存在も匂わせています。そちらのお話も楽しんで頂けると嬉しいです!!

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