番外編 ep.1◇イケメン貴公子たちのおかげで大繁盛!?【宿屋のシーニャ視点】
南ストレリチア領都の中心、大通りに面したかなり立地がいい場所にある「シーニャの宿屋」は、一階が宿泊客でなくても料金を払えば食事ができる食堂、二階以上が宿泊施設という作りの、この領地で一番ランクが高い宿屋である。
最近、ここは食事時になると、一階の食堂では妙に女性のお客が増える、という現象が起こってしまっていた。
女性たちは昼と夜にやってきて宿泊施設のうちの一番広い一室を貸し切るという、とある美しい貴公子三人組の噂を聞きつけ、彼らをひと目でも見ようと集まって来るのだった。
「はーいはい、食事もしない人間は客じゃないよ。散りな!!」
女店主のシーニャがほうきを振り回しながら追うが、それならばと食事の注文をするのはまだいい方で、大半が「そんなぁ、あの方々のことを考えると胸がドキドキして、ご飯なんて食べられないわ」などと言いながら、無邪気に正規の宿泊者や食堂利用者の通行の邪魔をするのであった。
男女の宿泊客と食堂利用希望の男性のみに食堂使用を許可して、貴公子目当ての女性陣は全員、食堂へは立ち入り禁止にするべきかしらね。
たとえば、外に売り場を作って、そちらで何種類かの軽食でも買わせるのはどうだろう?
道沿いに並ばせて……。
これはそろそろ食堂の入場制限をするべきか、とシーニャが真剣に考え始める状況になっていた。
一部、商魂たくましいことも、もののついでに考えてはいたが。
宿泊施設の方も、彼らがいる最上階へと手を変え、品を変えて忍び込もうとする女性たち、多数。
三人が雇っているらしい冒険者たちが一つ下の階に十人単位でいるため、のきなみ追い返されているようではあるが。
そして一般の客をお騒がせしないようにと、貴公子たちの依頼を受けてやってきたりんごモチーフのイヤカフを耳につけた魔法官の女性によって、特別に強めの防音・防振動の魔法が施設全体に重ね掛けされている。
それほどのフィーバー状態がここ二週間近く、ずっと続いていた。
事前に三人のうちの茶髪の青年に「苦労を掛けるかもしれないが、よろしく頼むよ」と言われてはいたが……確かにお金はたっぷりと頂いてはいるものの、しかし、まさかここまでの状況とは……とシーニャは額の汗を拭う。
当初は「お貴族様すごい、美しい」と色めき立ったシーニャと女性従業員たちも、最近は忙し過ぎて眩暈を起こしそうになっているし、男性従業員たちは初日から死んだ目で無言だった。
そのため、シーニャは全員に臨時ボーナスと交代しつつの有給休暇を出すことを考えている。
さて、明日以降はどうしたものか、などとシーニャが考えていると、突然、「ギャーッ!!」と女性たちの悲鳴が響き渡る。
残念ながら、防音魔法を突破してしまった音声分だ。
「ああ、来なすったね……」
シーニャは従業員勝手口を通ってバタバタと出入り口に向かい、息とその身なりを整え、彼らを出迎えた。
「お待ちしておりました」
「やぁ、シーニャ。いつも通り、頼むよ」
「はい。それではあちらへ」
茶髪の青年は微笑を浮かべながら言い、銀髪の青年は不快そうに眉をひそめて女性陣を睨みつけ、黒髪の青年は手を振って「ばいばーい」などと笑顔で嬌声に応えている。
三者三様だったが、どの対応も、いや、対応しないことさえも、女性たちには「最高の一瞬」らしかった。
「ほらっ、ウィリアム、こんなところで魔力放出しないでよね、どうどう、抑えて抑えて~」
黒髪の青年が銀髪の青年の肩を叩いてなだめているが、気が気でないシーニャ。
彼がうっかり放出してしまった魔力によって、初日に水濡れ厳禁のはずの宿のマークが入ったタペストリーの一部が思いっきり凍り付いている。
補修代は頂いているといっても、あまり心臓にはよろしくなかった。
シーニャは特別なお客様しか通さない、最上階直行の転移陣がある場所まで三人を誘導する。
この転移陣は登録された者のみの移動しか許可しない。
そのまま歩き進めると、女性たちが陣取る位置からは彼らの姿が見えなくなってしまうためにひどく残念がる悲鳴が聞こえたが、彼女たちの対応は従業員たちに任せている。
最上階への転移はすぐに完了した。
ちょうど一番広い特別室、そのドアの前に転移することになっている。
彼らの前から辞すために、シーニャは頭を下げた。
「それでは」
「うん。食事、お願いね。下の階の者たちの分も」
「承知致しました」
ドアを開けて部屋に入っていく三人の足元を、頭を下げたまま見送り。
そうして、パタン、とドアが閉まった音を聞き届けて、一拍置いてから、シーニャは再度、一階に戻るために転移陣に乗る。
「……やれやれ」
彼女が一階の転移陣から下りて食堂に顔を出すと、食事が目的でない者は大半が立ち去ってくれたようだった。
一カ月ほど最上階とその下の階を貸し切りで、と言っていたわけだが、当人たちは食事だけを済ませて夜中になると別の場所に泊まっているのか、三時間ほどでいつの間にか「消えている」。
不思議と、食堂で粘って出てくるのを待っていた女性たちに悟られることもなく立ち去るのだ。
そして真夜中は彼らとは全く別人の、二十人弱の人数の騎士らしき男たちがそれぞれの部屋の設備を使っていて、彼らも昼前にはどこかに去っていく。
冒険者は昼も夜も一定数が最上階の下の階に詰めているようだが、たまに三人組と一緒にやってくる者も、好き勝手に出て行く者もいる。
シーニャたち従業員は夜に三人組が現れると、彼らと下の階に詰めている者たちに食事を出す。
食後の皿を下げるタイミングで部屋を整えておくと、やがていつの間にか夜中には騎士たちが来ていて、最上階の一つ下の部屋で寝ている。
朝になると騎士たちが起き出し、食堂で食事を取って立ち去る。
立ち去った後にまた部屋を整えておくと、やがて昼食を食べるために三人組と冒険者たちがやってくる。
この時も全員分の食事を用意し、その後冒険者たちが出て行けば三人組の姿はすでに消えているので、全ての食器を片付けて部屋を整える。
ずっとこの繰り返しだった。
ホテルから消えるタイミングが分からないから、昼も夜も入ってくる時にしかあの三人の姿は見られない。
どういうカラクリなのかはシーニャたちにも追っかけの女性たちにも分からないが、魔法でも使っているのかもしれない。
この噂が女性陣にも広がってきたようで、最近は三人の登場後は早々に立ち去ってくれる人が大半だ。
それはあたかも「その一日二回の数時間、大量の女性たちをあえてこのホテルに集めようとしている」かのようで。
シーニャにとっては非常にありがたいことに稼げはするわけだが、つくづく謎なお客たちなのだった。
本編の第21話「悪目立ち貴公子・三人組」の後くらいのエピソード。
宿屋のシーニャさん視点。
※本編にて2025年01月20日投稿済の1話分を番外編として分離・移行して収録。




